2012年01月16日
情報革命がもたらしたこと
ヒット商品応援団日記No523(毎週更新) 2012.1.16.
前回、あらゆるものが過剰となり価値が下落する、そんなデフレ時代に対する着眼について書いた。案の定というか、すぐさま「食べログ」へのやらせ書き込みについて報道されていた。ランキング順位を上げる為の組織立った書き込みが、39業者に及んでいたということであったが、既に5年程前にもブログが急速に浸透拡大した時も、やらせブログを組織的に行なう新会社が出来ていた。やらせとは情報の価値を意図的に上げ、あたかも抜きん出ているかの如く見せることであるが、演出とは全く異なる嘘情報づくりの一つである。少し前には、佐賀県の九電玄海原発に関するやらせメール問題があったが、膨大な情報のなかでビジネスも生活も全てを行なう時代にあって、避けて通ることができない問題である。
以前にも情報革命という言葉を使ってブログにも書いたが、インターネットの普及によってマスメディア(=オピニオンリーダー)からパーソナルメディア(=個人・大衆)へと情報発信者の主人公が劇的に転換してきたと。その顕著な現象として、政治においてはチュニジアを発端とした「アラブの春」と呼ばれた民主化運動がそうであり、消費においては「食べログ」のようなランキングサイトやレシピ投稿サイトであるクックパッドの日常利用、あるいはツイッターによるパーソナルメディアの活用といったネット情報の活用は当たり前のものとなった。
こうした新しいメディアの出現によって過去10年間で流通する情報量が530倍になったと総務省からの報告もある。勿論、インターネット上のメディアによってであり、Googleなどの検索エンジンによって膨大な情報を取捨選択することが可能になったからである。しかし、Googleは玉石混淆情報の整理や情報の真偽まで検索してくれる訳ではない。こうした膨大な情報、個人の判断を超えた情報が行き交う時代にあって生まれてきたのが、判断基準・拠り所となるものへの「やらせ情報」であり、そうしたやらせを組織だっておこなう問題である。
1990年代後半、インターネットの世界は広大な世界へと直接つながる「どこでもドアー」としてその理想が認識され、急激にあらゆる国、人種、性別、年齢、言語といった壁を超えてあらゆるところへ浸透した。こうしたIT革命の浸透は大きな良き変化をもたらしたのだが、同時に消費面においても前述のような問題を引き起こしてきた。こうした問題解決のために、行き過ぎた振り子を反対の極へと向かわせる動きが3〜4年前から始まっている。デジタルからアナログへ、仮想世界(体験)からリアル世界(体験)へ、インターネットという高速道路を下りて一般国道へ、個人から新たな共同体へ、・・・・・・つまり、ここでも「顔の見える関係」への揺れ戻し変化が見られてきた。
その顔の見える関係の象徴がFacebookやTwitterであろう。匿名という無縁空間として広がるインターネットの世界においても小さな単位へとダウンサイジングが起きているということだ。顔の見える小さな単位であれば「やらせ」はほとんど起こりえない。もし、嘘ややらせが発覚すれば、その共同体から退出させられる。
ところでIT革命のもたらした最大のものがグローバリゼーションである。市場が一つであることは、東日本大震災あるいはタイの洪水被害によってサプライチェーンがいかにグローバル化しているかがより鮮明となった。全てがつながっており、その部品一つが災害などによって供給が寸断された時、どんな事態となるか誰の目にも明らかになった。その時盛んに言われたのが、首都機能の分散を始めリスク分散、小単位化であった。
こうした多極分散の傾向はビジネス以外にも何か世界中を覆っているような感がしてならない。例えば、今EUの危機が更に深刻なものなった言われているが、その危機が財政の問題ではあるが、欧州統合の理念を掲げたEUの中で、右派政党が公然と移民の排斥、ユーロ離脱を訴え支持率を伸ばしていると報道されている。あるいは米国も同様であろう。数年程前から、アフガン、イラク戦争による巨大な戦費支出から財政的にも縮小せざるを得なくなり、昨年夏には米国債がデフォルト(債務不履行)寸前までいったことを想起すれば十分である。つまり、一極集中にあった米国もその力を失い、多極のなかの一国となった。意味的に言えば、ギリシャやイタリアと同じような普通の国になったということである。
国単位、あるいは大きな経済世界でITが直接・間接もたらすことを考えていくと、何が問題であるか論点がぼけてしまうが、日本の、あるいは自分のビジネスや生活を考えて行くともう少し情報革命の意味が見えてくる。こうした一種の気づきのようなものが様々なところに実は現れてきている。
その象徴例と考えられるのが、無店舗(ネット通販)と有店舗(百貨店)のクロスマーチャンダイジングで2年程前から積極的に小売り現場に出てきている。簡単に言ってしまえば、ネット上のお取り寄せヒット商品を百貨店で販売するものだが、いわば「顔の見える場」づくりと言える。こうした異なる流通の在り方をクロスさせていくのもITによるものであろう。更に身近な小売り現場では、面倒な試着もサイズやデザインコーディネーションも着せ替え人形のように瞬時に画面確認出来るIT活用も出てきている。しかし、決める為の相談は、やはり現場の専門スタッフとなる。これもデジタルとアナログのクロス活用である。事例をあげればきりがない程であるが、「顔が見える」ためにうまく組み合わせる方向へと向かっている。
話を戻すが、グローバリゼーションという振り子の反対にあるのがローカライゼーションである。このブログにも「今、地方がおもしろい」と、今なお残る埋もれた地方文化、そのビジネスチャンスについて書いてきた。文脈的に言うならば、地方は「顔の見える共同体」、その生活についてである。産土(うぶすな)という言葉があるが、その土地固有の風土から生まれた産物を指す。今や祭りなどの行事のなかにわずかに残っている程度で、日常生活となるとせいぜい京都ぐらいとなる。その京都や沖縄は閉鎖的であると言われるが、「顔の見えない」よそ者にとってはそう映るのである。
IT革命が進行すればするほど、情報量が増えれば増える程、「顔の見える関係」づくりが重要な課題となる。その関係づくりだが、顧客関係の場合ポイントはそのほどよい距離間、いや距離感と言った方が分かりやすい。共同体であれば、そのサイズ・単位となる。このことの大切さを、あの3.11東日本大震災が教えてくれた。
以前ブログにも書いたことがあったが、近江商人の心得に「三方よし」がある。その近江商人の行商は、他国で商売をし、やがて開店することが本務であり、旅先の人々の信頼を得ることが何より大切であった。つまりよそ者がどう信頼をいかに得るかでその心得である。その心得は売り手よし、買い手よし、世間よし、であるが、この「顔の見える」在り方を見事に表現している。売り手と買い手は顧客関係であり、世間とは共同体のことである。この心得で一番大切なことは何か、それは今昔にかかわらず、商人にとって何よりも大切なものは信用である。その信用のもととなるのは正直であると。つまり、情報こそ正直でなければならないということだ。
その共同体が「顔の見える」共同体として再構築が進んでいる。前述のFacebookやTwitterもそうであり、アナログ世界で言えば、地方の街起こしやB1グランプリなどもそうである。過剰な情報に振り回される、わかったつもりがそうではなかった、・・・・こうした経験を踏まえ、新しい共同体の一員としての生活へと向かう。(続く)
前回、あらゆるものが過剰となり価値が下落する、そんなデフレ時代に対する着眼について書いた。案の定というか、すぐさま「食べログ」へのやらせ書き込みについて報道されていた。ランキング順位を上げる為の組織立った書き込みが、39業者に及んでいたということであったが、既に5年程前にもブログが急速に浸透拡大した時も、やらせブログを組織的に行なう新会社が出来ていた。やらせとは情報の価値を意図的に上げ、あたかも抜きん出ているかの如く見せることであるが、演出とは全く異なる嘘情報づくりの一つである。少し前には、佐賀県の九電玄海原発に関するやらせメール問題があったが、膨大な情報のなかでビジネスも生活も全てを行なう時代にあって、避けて通ることができない問題である。
以前にも情報革命という言葉を使ってブログにも書いたが、インターネットの普及によってマスメディア(=オピニオンリーダー)からパーソナルメディア(=個人・大衆)へと情報発信者の主人公が劇的に転換してきたと。その顕著な現象として、政治においてはチュニジアを発端とした「アラブの春」と呼ばれた民主化運動がそうであり、消費においては「食べログ」のようなランキングサイトやレシピ投稿サイトであるクックパッドの日常利用、あるいはツイッターによるパーソナルメディアの活用といったネット情報の活用は当たり前のものとなった。
こうした新しいメディアの出現によって過去10年間で流通する情報量が530倍になったと総務省からの報告もある。勿論、インターネット上のメディアによってであり、Googleなどの検索エンジンによって膨大な情報を取捨選択することが可能になったからである。しかし、Googleは玉石混淆情報の整理や情報の真偽まで検索してくれる訳ではない。こうした膨大な情報、個人の判断を超えた情報が行き交う時代にあって生まれてきたのが、判断基準・拠り所となるものへの「やらせ情報」であり、そうしたやらせを組織だっておこなう問題である。
1990年代後半、インターネットの世界は広大な世界へと直接つながる「どこでもドアー」としてその理想が認識され、急激にあらゆる国、人種、性別、年齢、言語といった壁を超えてあらゆるところへ浸透した。こうしたIT革命の浸透は大きな良き変化をもたらしたのだが、同時に消費面においても前述のような問題を引き起こしてきた。こうした問題解決のために、行き過ぎた振り子を反対の極へと向かわせる動きが3〜4年前から始まっている。デジタルからアナログへ、仮想世界(体験)からリアル世界(体験)へ、インターネットという高速道路を下りて一般国道へ、個人から新たな共同体へ、・・・・・・つまり、ここでも「顔の見える関係」への揺れ戻し変化が見られてきた。
その顔の見える関係の象徴がFacebookやTwitterであろう。匿名という無縁空間として広がるインターネットの世界においても小さな単位へとダウンサイジングが起きているということだ。顔の見える小さな単位であれば「やらせ」はほとんど起こりえない。もし、嘘ややらせが発覚すれば、その共同体から退出させられる。
ところでIT革命のもたらした最大のものがグローバリゼーションである。市場が一つであることは、東日本大震災あるいはタイの洪水被害によってサプライチェーンがいかにグローバル化しているかがより鮮明となった。全てがつながっており、その部品一つが災害などによって供給が寸断された時、どんな事態となるか誰の目にも明らかになった。その時盛んに言われたのが、首都機能の分散を始めリスク分散、小単位化であった。
こうした多極分散の傾向はビジネス以外にも何か世界中を覆っているような感がしてならない。例えば、今EUの危機が更に深刻なものなった言われているが、その危機が財政の問題ではあるが、欧州統合の理念を掲げたEUの中で、右派政党が公然と移民の排斥、ユーロ離脱を訴え支持率を伸ばしていると報道されている。あるいは米国も同様であろう。数年程前から、アフガン、イラク戦争による巨大な戦費支出から財政的にも縮小せざるを得なくなり、昨年夏には米国債がデフォルト(債務不履行)寸前までいったことを想起すれば十分である。つまり、一極集中にあった米国もその力を失い、多極のなかの一国となった。意味的に言えば、ギリシャやイタリアと同じような普通の国になったということである。
国単位、あるいは大きな経済世界でITが直接・間接もたらすことを考えていくと、何が問題であるか論点がぼけてしまうが、日本の、あるいは自分のビジネスや生活を考えて行くともう少し情報革命の意味が見えてくる。こうした一種の気づきのようなものが様々なところに実は現れてきている。
その象徴例と考えられるのが、無店舗(ネット通販)と有店舗(百貨店)のクロスマーチャンダイジングで2年程前から積極的に小売り現場に出てきている。簡単に言ってしまえば、ネット上のお取り寄せヒット商品を百貨店で販売するものだが、いわば「顔の見える場」づくりと言える。こうした異なる流通の在り方をクロスさせていくのもITによるものであろう。更に身近な小売り現場では、面倒な試着もサイズやデザインコーディネーションも着せ替え人形のように瞬時に画面確認出来るIT活用も出てきている。しかし、決める為の相談は、やはり現場の専門スタッフとなる。これもデジタルとアナログのクロス活用である。事例をあげればきりがない程であるが、「顔が見える」ためにうまく組み合わせる方向へと向かっている。
話を戻すが、グローバリゼーションという振り子の反対にあるのがローカライゼーションである。このブログにも「今、地方がおもしろい」と、今なお残る埋もれた地方文化、そのビジネスチャンスについて書いてきた。文脈的に言うならば、地方は「顔の見える共同体」、その生活についてである。産土(うぶすな)という言葉があるが、その土地固有の風土から生まれた産物を指す。今や祭りなどの行事のなかにわずかに残っている程度で、日常生活となるとせいぜい京都ぐらいとなる。その京都や沖縄は閉鎖的であると言われるが、「顔の見えない」よそ者にとってはそう映るのである。
IT革命が進行すればするほど、情報量が増えれば増える程、「顔の見える関係」づくりが重要な課題となる。その関係づくりだが、顧客関係の場合ポイントはそのほどよい距離間、いや距離感と言った方が分かりやすい。共同体であれば、そのサイズ・単位となる。このことの大切さを、あの3.11東日本大震災が教えてくれた。
以前ブログにも書いたことがあったが、近江商人の心得に「三方よし」がある。その近江商人の行商は、他国で商売をし、やがて開店することが本務であり、旅先の人々の信頼を得ることが何より大切であった。つまりよそ者がどう信頼をいかに得るかでその心得である。その心得は売り手よし、買い手よし、世間よし、であるが、この「顔の見える」在り方を見事に表現している。売り手と買い手は顧客関係であり、世間とは共同体のことである。この心得で一番大切なことは何か、それは今昔にかかわらず、商人にとって何よりも大切なものは信用である。その信用のもととなるのは正直であると。つまり、情報こそ正直でなければならないということだ。
その共同体が「顔の見える」共同体として再構築が進んでいる。前述のFacebookやTwitterもそうであり、アナログ世界で言えば、地方の街起こしやB1グランプリなどもそうである。過剰な情報に振り回される、わかったつもりがそうではなかった、・・・・こうした経験を踏まえ、新しい共同体の一員としての生活へと向かう。(続く)
2012年01月04日
総デフレ時代の着眼
ヒット商品応援団日記No522(毎週更新) 2012.1.4.
新年明けましておめでとうございます。
例年であると新聞各社の元旦号を斜め読みし、どんな一年となるのか私見をブログに書くのだが、3.11を始めとした日本の危機については多くの専門家によって昨年から語られているのでこのブログには取り上げないこととする。
私の専門領域は消費を通じた生活者研究であり、そこに見られる価値観の変化を見出すことにある。いわば選ばれる理由は何か、を明らかにすることである。そして、5年程前から再三再四ブログに取り上げてきたのが価格戦略、低価格にどう立ち向かうのかであった。
ところでデフレの定義であるが、OECDによると「一般物価水準が継続的に下落する情況」をデフレとしているが、こうした価格価値が下がり続ける経済の問題としてだけではなく、あらゆる面において旧来価値の下落が取り巻いていることを指摘してみたい。
価値の下落によって引き起こされる混乱、あるいは混沌について様々な変化事象が起きている。その象徴である地価は下がることはないとされてきた銀座の地価が下落した。銀座を代表する百貨店とインポートブランドによってつくられてきた街の風景に、ユニクロやH&Mといったファストファッション、カジュアル衣料量販店のフラッグショップが続々と出店し街の風景を一変させた。つまり、グローバル市場の象徴都市である東京銀座は、ある意味世界の主要都市と同様となった。
価値の下落、その価値とは従来価値あるとされてきたものの下落である。その冴えたるものの一つが情報であろう。周知のように、インターネットによるブログやYouTube、あるいはツイッターといった個人情報局の出現によって、既存メディアによる情報価値は総体的に下落した。例えば、その象徴例が既存雑誌が部数を落とし、あるいは廃刊していくなかで、宝島社の付録付き雑誌が部数を伸ばし、他の雑誌社も付録付き雑誌の発売へと追随した。書店は情報販売と共に、多様なグッズの販売をも引き受けることとなった。
実は高度情報化社会とはあらゆるものがメディアとなることが出来、情報を発信することができる社会のことである。街も、人も、ファッションも、勿論商品も、情報発信メディアとなる。そして、一挙にあらゆる世界に情報が押し寄せてくることとなる。ビジネスは勿論のこと、学校にも、家庭やコミュニティにも、人が集まるところに凄まじいスピードで駆け抜ける社会となった。
情報発信者はこうした量的にもスピード的にも、勝ち抜き伝達すべく、更にこれでもかと情報を発信する。過剰な情報、過剰な言葉が行き交い、演出というやらせが多発し、誰よりもどこよりも早く発信するためにメッセージは圧縮され、キーワード化されスピードを競うこととなる。結果、どんなことが生まれてくるか。圧縮されたメッセージ、その内実、深みの無い上滑りなメッセージとして「わかったつもり」となる。
言葉のデフレである。ここ10年程の政治の世界を見れば政治家の言葉の軽さだけではなく、自らメディア足りえる為にTV番組に露出することだけを求めて出演する。つまり、選挙は人気投票になってしまったということだ。そして、選挙民も過剰な期待を政治家に求め、それが過剰であるが故に時間経過と共に支持率は下がり、5年間で6人の総理大臣を誕生させることとなる。
「わかったつもり」が過剰を加速させてしまっているということである、このことに生活者は次第に気づき始めて来た。断捨離の勧めもそうであるし、ヴァーチャルからリアル体験もそうである。つまり暮らしに何が必要か、削ぎ落とし、更に削ぎ落としてなお残るもの、本質を求めるようになってきた。本質という言葉を、例えばこれだけは好きで好きで手放せないもの、これさえあれば他はいらない、そんな消費態度に置き換えてもかまわない。
更に言えば、オリコンによる昨年の音楽ランキングではAKB48が上位5曲を占め、大人にヒットした曲がなく、相変わらずCDは売れない状態が続いている。しかし、音楽そのものの不況ではなく、ライブハウスはどこも一杯であるし、ライブコンサートには多くのフアンが押し寄せている。何故か、音楽の本質はライブにあるという至極当たり前のことに気づいたからである。上位5曲を総なめにしたあのAKB48も会いに行けるアイドルとして秋葉原のビルに常設舞台を持っている。
こうした本質に戻る動きを更に強烈に教えられたのが、3.11である。節電を始めとした「省」のライフスタイルへと向かうのだが、あの被災地の衝撃に対し、豊かで便利な都市生活への原罪意識がどこかにあったことも事実である。
ところで日本には「用の美」という考え、いや美学思想がある。勿体ない精神の根底にある美学、使い続ける美学、生活美学。少し理屈っぽくなるが、使われ続けるという時を積み重ね、何層にも積み重ねられた顧客の使用価値集積の美学と言った方が分かりやすい。そこには「あっ」と驚くような美はないが、何故かしっくりする、手に馴染む、変わらないけれどそれがうれしい、そんな美への共感である。食で言えば、変わらぬ味、ふっと和む味、何度食べても飽きない味、そんな表現となる。そうした美への共感を元に、実は「信用」が生まれてくる。私たちは、それを「暖簾」と呼んできた。暖簾をブランドに置き換えても同じである。それは大企業であれ、商店街のお惣菜屋でも同じである。大きな価値潮流に置き換えて言うと、トレンドライフから、ロングライフへと価値の転換が起き始めているということだ。3.11はそうした物の本質価値を思い起こさせてくれた。節電を始めとした節約がキーワード化されてきたが、その根底にある価値観は、使い捨て消費文化から、使えば使う程愛着が湧く消費文化への回帰であろう。
この「用の美学」と相通ずるのが「用の技術」である。日本の製造業を支えている中小下町工場の職人技術と言った方が分かりやすい。それは技術を超えた、職人芸に入っている。こうした「技」は製造業だけでなく、農業にも、漁業にもある。農作物の品種改良、高品質な肉牛、・・・・・・・世界に誇れる輸出商品となっているのはこうした技によってだ。あるいは今回の東日本大震災の大津波によって壊滅的になった牡蠣養殖を見ればどれだけの技によってなされているか分かるであろう。豊かな海づくり、その養分であるプランクトンは、まず山に木を植えることから始め豊か栄養豊富な海をつくる、そんな漁業法は日本だけであろう。
日本社会はこうした職人社会によって今日がある。問題は、こうした技や方法を新しい市場へとマーケティングしてこなかったということだ。多くの場合、職人は寡黙である。社会に横溢する過剰な言葉は寡黙を更に進め沈黙へと向かう。そして、ともすると埋もれた宝に気がつかないで通り過ぎてしまう。地方を歩くとわかるが、いくらでも磨けば宝物となる素材はある。
失われた20年と言われるが、その根底にあるのが「成長」という視座である。財テクの失敗を今なお引きずっていたオリンパスを見るにつけ、ガバナンスの問題であると指摘されているが、その根底には成長神話があったと考えている。原発への安全神話だけでなく、既成を取り囲む多くの神話を自ら壊すことが必要な時代である。
以前、潰れない会社の持続力は何か、という内容のブログを書いたことがあった。周知の世界最古の企業金剛組という宮大工の会社についてである。創業1400年以上、聖徳太子の招聘で朝鮮半島の百済から来た3人の工匠の一人が創業したと言われ、日本書紀にも書かれている会社である。日本にはこの金剛組を含め、創業200年以上の老舗企業ではだんとつ日本が1位で約3000社、2位がドイツで約800社、3位はオランドの約200社、米国は4位でなんと14社しかない。
当然の如く、「なぜ、日本だけ老舗企業が生き残るのか?」という疑問が湧いてくる。結論から言えば、根底には継承されるに足る「技」と「人」がいたということである。
過剰が取り巻くデフレの時代にあって、取り戻すべきはこうした本質回帰である。本質回帰などと言うと、何か構えてしまいがちだが、好奇心をもって顧客を、市場を観察してみることから始めれば良い。何が見えてきたか、日頃見えてこなかったものもある筈だ。保有する技は役に立つか、役立つためには更にどんな技が必要か、こうした知恵が「次」へとつながる。そこにこそ成長がある。日本に少し前までごく当たり前であった商人・職人の心構えや技に着眼すべきということだ。(続く)
新年明けましておめでとうございます。
例年であると新聞各社の元旦号を斜め読みし、どんな一年となるのか私見をブログに書くのだが、3.11を始めとした日本の危機については多くの専門家によって昨年から語られているのでこのブログには取り上げないこととする。
私の専門領域は消費を通じた生活者研究であり、そこに見られる価値観の変化を見出すことにある。いわば選ばれる理由は何か、を明らかにすることである。そして、5年程前から再三再四ブログに取り上げてきたのが価格戦略、低価格にどう立ち向かうのかであった。
ところでデフレの定義であるが、OECDによると「一般物価水準が継続的に下落する情況」をデフレとしているが、こうした価格価値が下がり続ける経済の問題としてだけではなく、あらゆる面において旧来価値の下落が取り巻いていることを指摘してみたい。
価値の下落によって引き起こされる混乱、あるいは混沌について様々な変化事象が起きている。その象徴である地価は下がることはないとされてきた銀座の地価が下落した。銀座を代表する百貨店とインポートブランドによってつくられてきた街の風景に、ユニクロやH&Mといったファストファッション、カジュアル衣料量販店のフラッグショップが続々と出店し街の風景を一変させた。つまり、グローバル市場の象徴都市である東京銀座は、ある意味世界の主要都市と同様となった。
価値の下落、その価値とは従来価値あるとされてきたものの下落である。その冴えたるものの一つが情報であろう。周知のように、インターネットによるブログやYouTube、あるいはツイッターといった個人情報局の出現によって、既存メディアによる情報価値は総体的に下落した。例えば、その象徴例が既存雑誌が部数を落とし、あるいは廃刊していくなかで、宝島社の付録付き雑誌が部数を伸ばし、他の雑誌社も付録付き雑誌の発売へと追随した。書店は情報販売と共に、多様なグッズの販売をも引き受けることとなった。
実は高度情報化社会とはあらゆるものがメディアとなることが出来、情報を発信することができる社会のことである。街も、人も、ファッションも、勿論商品も、情報発信メディアとなる。そして、一挙にあらゆる世界に情報が押し寄せてくることとなる。ビジネスは勿論のこと、学校にも、家庭やコミュニティにも、人が集まるところに凄まじいスピードで駆け抜ける社会となった。
情報発信者はこうした量的にもスピード的にも、勝ち抜き伝達すべく、更にこれでもかと情報を発信する。過剰な情報、過剰な言葉が行き交い、演出というやらせが多発し、誰よりもどこよりも早く発信するためにメッセージは圧縮され、キーワード化されスピードを競うこととなる。結果、どんなことが生まれてくるか。圧縮されたメッセージ、その内実、深みの無い上滑りなメッセージとして「わかったつもり」となる。
言葉のデフレである。ここ10年程の政治の世界を見れば政治家の言葉の軽さだけではなく、自らメディア足りえる為にTV番組に露出することだけを求めて出演する。つまり、選挙は人気投票になってしまったということだ。そして、選挙民も過剰な期待を政治家に求め、それが過剰であるが故に時間経過と共に支持率は下がり、5年間で6人の総理大臣を誕生させることとなる。
「わかったつもり」が過剰を加速させてしまっているということである、このことに生活者は次第に気づき始めて来た。断捨離の勧めもそうであるし、ヴァーチャルからリアル体験もそうである。つまり暮らしに何が必要か、削ぎ落とし、更に削ぎ落としてなお残るもの、本質を求めるようになってきた。本質という言葉を、例えばこれだけは好きで好きで手放せないもの、これさえあれば他はいらない、そんな消費態度に置き換えてもかまわない。
更に言えば、オリコンによる昨年の音楽ランキングではAKB48が上位5曲を占め、大人にヒットした曲がなく、相変わらずCDは売れない状態が続いている。しかし、音楽そのものの不況ではなく、ライブハウスはどこも一杯であるし、ライブコンサートには多くのフアンが押し寄せている。何故か、音楽の本質はライブにあるという至極当たり前のことに気づいたからである。上位5曲を総なめにしたあのAKB48も会いに行けるアイドルとして秋葉原のビルに常設舞台を持っている。
こうした本質に戻る動きを更に強烈に教えられたのが、3.11である。節電を始めとした「省」のライフスタイルへと向かうのだが、あの被災地の衝撃に対し、豊かで便利な都市生活への原罪意識がどこかにあったことも事実である。
ところで日本には「用の美」という考え、いや美学思想がある。勿体ない精神の根底にある美学、使い続ける美学、生活美学。少し理屈っぽくなるが、使われ続けるという時を積み重ね、何層にも積み重ねられた顧客の使用価値集積の美学と言った方が分かりやすい。そこには「あっ」と驚くような美はないが、何故かしっくりする、手に馴染む、変わらないけれどそれがうれしい、そんな美への共感である。食で言えば、変わらぬ味、ふっと和む味、何度食べても飽きない味、そんな表現となる。そうした美への共感を元に、実は「信用」が生まれてくる。私たちは、それを「暖簾」と呼んできた。暖簾をブランドに置き換えても同じである。それは大企業であれ、商店街のお惣菜屋でも同じである。大きな価値潮流に置き換えて言うと、トレンドライフから、ロングライフへと価値の転換が起き始めているということだ。3.11はそうした物の本質価値を思い起こさせてくれた。節電を始めとした節約がキーワード化されてきたが、その根底にある価値観は、使い捨て消費文化から、使えば使う程愛着が湧く消費文化への回帰であろう。
この「用の美学」と相通ずるのが「用の技術」である。日本の製造業を支えている中小下町工場の職人技術と言った方が分かりやすい。それは技術を超えた、職人芸に入っている。こうした「技」は製造業だけでなく、農業にも、漁業にもある。農作物の品種改良、高品質な肉牛、・・・・・・・世界に誇れる輸出商品となっているのはこうした技によってだ。あるいは今回の東日本大震災の大津波によって壊滅的になった牡蠣養殖を見ればどれだけの技によってなされているか分かるであろう。豊かな海づくり、その養分であるプランクトンは、まず山に木を植えることから始め豊か栄養豊富な海をつくる、そんな漁業法は日本だけであろう。
日本社会はこうした職人社会によって今日がある。問題は、こうした技や方法を新しい市場へとマーケティングしてこなかったということだ。多くの場合、職人は寡黙である。社会に横溢する過剰な言葉は寡黙を更に進め沈黙へと向かう。そして、ともすると埋もれた宝に気がつかないで通り過ぎてしまう。地方を歩くとわかるが、いくらでも磨けば宝物となる素材はある。
失われた20年と言われるが、その根底にあるのが「成長」という視座である。財テクの失敗を今なお引きずっていたオリンパスを見るにつけ、ガバナンスの問題であると指摘されているが、その根底には成長神話があったと考えている。原発への安全神話だけでなく、既成を取り囲む多くの神話を自ら壊すことが必要な時代である。
以前、潰れない会社の持続力は何か、という内容のブログを書いたことがあった。周知の世界最古の企業金剛組という宮大工の会社についてである。創業1400年以上、聖徳太子の招聘で朝鮮半島の百済から来た3人の工匠の一人が創業したと言われ、日本書紀にも書かれている会社である。日本にはこの金剛組を含め、創業200年以上の老舗企業ではだんとつ日本が1位で約3000社、2位がドイツで約800社、3位はオランドの約200社、米国は4位でなんと14社しかない。
当然の如く、「なぜ、日本だけ老舗企業が生き残るのか?」という疑問が湧いてくる。結論から言えば、根底には継承されるに足る「技」と「人」がいたということである。
過剰が取り巻くデフレの時代にあって、取り戻すべきはこうした本質回帰である。本質回帰などと言うと、何か構えてしまいがちだが、好奇心をもって顧客を、市場を観察してみることから始めれば良い。何が見えてきたか、日頃見えてこなかったものもある筈だ。保有する技は役に立つか、役立つためには更にどんな技が必要か、こうした知恵が「次」へとつながる。そこにこそ成長がある。日本に少し前までごく当たり前であった商人・職人の心構えや技に着眼すべきということだ。(続く)
2011年12月16日
2011年ヒット商品番付を読み解く
ヒット商品応援団日記No521(毎週更新) 2011.12.16.
2005年夏に始めたブログも6年半近く経過した。スタート当初は理屈の多いブログであったが、次第に「消費の変化」を通じて、経済ばかりでなく、社会や文化の変化・推移を見ていくといったスタイルへと変化してきた。そのなかでも、日経MJのヒット商品番付は全てではないが、時代を映し出しているものの一つである。
ところで2011年上半期には東西横綱に該当するヒット商品はないとした日経MJであるが、今年の横綱をはじめ主要なヒット商品は以下とした。
東横綱 アップル、 西横綱 節電商品
東大関 アンドロイド端末、 西大関 なでしこジャパン
東関脇 フェイスブック、西関脇 有楽町(ルミネ&阪急メンズ館)
東小結 ミラーイース&デミオ、 西小結 九州新幹線&JR博多シティ
2011年度の新語流行語大賞、あるいは世相を表す恒例の一文字「絆」も東日本大震災に関連したものばかりである。つまり、ライフスタイル価値観そのものへ変化を促すほどの大きな衝撃であったということだ。西の横綱に節電商品が入っているが、例えば扇風機を代表とした節電ツールや暑さを工夫した涼感衣料が売れただけではなく、今は暖房こたつや軽くて暖かいダウンが売れている。震災時に電話が通じない状態のなかで家族と連絡を取り合ったFacebookといった情報端末やサイトの活用。震災復興の応援ファンドにツイッターが使われたこと等、スマートフォンやタブレット端末も震災との関連で大きく需要を伸ばすこととなった。
震災から9ヶ月既に年末商戦に入っているが、百貨店を始めほとんどの流通のテーマは世相を表す「絆」ではないが、人と人とを結びつける商品や場づくりとなっている。阪神淡路大震災の時と同様に、東日本大震災後婚約指輪が大きく需要を伸ばした。こうした消費は一つの象徴であるが、母の日ギフトや誕生日ギフトなどいわゆる記念日消費に注目が集まった。
あるいは家族や友人といった複数の人間が一つ鍋を挟んだ食事は、家庭でも居酒屋でも日常風景となった。こうした傾向、「絆消費」は一過性のものではなく、今後も続くであろう。そして、前回も書いたが「国民総幸福量」の国、ブータンの国王夫妻の来日は、人と人との絆、その精神世界にこそ幸せがあることを再確認させてくれたということだ。
日経MJでは取り上げていなかったが、東日本大震災によって新たに生まれた市場が自己防衛市場である。「絆」とは真逆のように見えるかもしれないが、自然災害などに対しては自らを守る志向が極めて強く出てきている。防災グッズは言うに及ばず、電気自動車を蓄電池代わりとする。帰宅難民化に対処するために自転車が飛ぶように売れ、避難住宅にもなるとしてキャンピングカーまで売れ行きを伸ばした。また、主婦感覚とでも言うべきなのか、賞味期限の長い日持ちする商品が売れている。ソーセージなどがその代表であるが、従来鮮度価値の日配品と言われてきた牛乳やお豆腐にも賞味期限の長い新商品が出てきた。こうした商品以外にも、レトルト食品や缶詰も再認識されている。
ところで、液状化を恐れ売れ行きが難しいとされた東京湾岸の高層マンションが意外にも好調な売れ行きを見せている。液状化への更なる地盤対策、あるいは地震による周期地振動対策、・・・・・多くの教訓を踏まえたものであるが、なんと言っても都心から歩いて帰宅出来る点が再認識されたようである。
また、福島原発事故による放射能汚染に対する自己防衛策は子育て中の母親を中心に防衛のための活動が活発化した。放射能汚染が広範囲に渡ることが明らかになった3月末、私は放射能の線量計がヒット商品になるとブログに書いたが、残念ながら現実のものとなってしまった。そして、汚染された農畜産物、水産物といった食への不安は、二転三転する政府の安全基準にあって自ら基準を持つ生活者が増えてきた。
マスメディアを含め、「風評被害」という一言で全て片づけてしまうが、こうした「不確かな情報」こそが、風評を産む原因になっている。やっとここ数ヶ月前から「汚染の見える化」が小売店頭において始まった。繰り返し言うが、命にかかわるような重要なことで、しかもあいまい・不確かであった時、うわさは生起し、しかも連鎖し続ける。その連鎖の先は元となった情報とは全く異なったものとなる。それを私たちはうわさではなく、デマと呼んでいる。
ところで東日本大震災の衝撃によって見失いがちの消費がある。それは西関脇に入った有楽町(ルミネ&阪急メンズ館)であり、九州新幹線の開通による効果も踏まえたJR博多シティという2つの商業施設である。特に、有楽町ルミネについてはその出店専門店の顔ぶれを見てそれなりの売上をあげるであろうと思っていたが、旧西武百貨店との時とは全く異なった館内レイアウト&動線のつくりがプロの目から見てもうまくつくられていると感じられる。特に、A館とB館をつなぐ動線のつくり方などがそうで、従来のおおざっぱな売り場づくりとは正反対のディテールにも美意識が感じられるものとなっている。また、JR博多シティを見てきた友人の感想であるが、九州ならではの未だ知られていない食の専門店がかなり出店していて、金太郎飴の如き顔ぶれの専門店集積SCとは一味異なっているとのこと。両SCは勿論コンセプトも異なるものであるが、次なる消費を踏まえていることは間違いない。
3.11以降いくつかの商業施設を見てきたが、東京においては11月ぐらいからかなり旺盛な消費が見られ始め、この12月に入り、昨年より良い売上の商業施設も出てきている。年末には2012年度の消費傾向をまとめの意味を含め書いてみたい。(続く)
2005年夏に始めたブログも6年半近く経過した。スタート当初は理屈の多いブログであったが、次第に「消費の変化」を通じて、経済ばかりでなく、社会や文化の変化・推移を見ていくといったスタイルへと変化してきた。そのなかでも、日経MJのヒット商品番付は全てではないが、時代を映し出しているものの一つである。
ところで2011年上半期には東西横綱に該当するヒット商品はないとした日経MJであるが、今年の横綱をはじめ主要なヒット商品は以下とした。
東横綱 アップル、 西横綱 節電商品
東大関 アンドロイド端末、 西大関 なでしこジャパン
東関脇 フェイスブック、西関脇 有楽町(ルミネ&阪急メンズ館)
東小結 ミラーイース&デミオ、 西小結 九州新幹線&JR博多シティ
2011年度の新語流行語大賞、あるいは世相を表す恒例の一文字「絆」も東日本大震災に関連したものばかりである。つまり、ライフスタイル価値観そのものへ変化を促すほどの大きな衝撃であったということだ。西の横綱に節電商品が入っているが、例えば扇風機を代表とした節電ツールや暑さを工夫した涼感衣料が売れただけではなく、今は暖房こたつや軽くて暖かいダウンが売れている。震災時に電話が通じない状態のなかで家族と連絡を取り合ったFacebookといった情報端末やサイトの活用。震災復興の応援ファンドにツイッターが使われたこと等、スマートフォンやタブレット端末も震災との関連で大きく需要を伸ばすこととなった。
震災から9ヶ月既に年末商戦に入っているが、百貨店を始めほとんどの流通のテーマは世相を表す「絆」ではないが、人と人とを結びつける商品や場づくりとなっている。阪神淡路大震災の時と同様に、東日本大震災後婚約指輪が大きく需要を伸ばした。こうした消費は一つの象徴であるが、母の日ギフトや誕生日ギフトなどいわゆる記念日消費に注目が集まった。
あるいは家族や友人といった複数の人間が一つ鍋を挟んだ食事は、家庭でも居酒屋でも日常風景となった。こうした傾向、「絆消費」は一過性のものではなく、今後も続くであろう。そして、前回も書いたが「国民総幸福量」の国、ブータンの国王夫妻の来日は、人と人との絆、その精神世界にこそ幸せがあることを再確認させてくれたということだ。
日経MJでは取り上げていなかったが、東日本大震災によって新たに生まれた市場が自己防衛市場である。「絆」とは真逆のように見えるかもしれないが、自然災害などに対しては自らを守る志向が極めて強く出てきている。防災グッズは言うに及ばず、電気自動車を蓄電池代わりとする。帰宅難民化に対処するために自転車が飛ぶように売れ、避難住宅にもなるとしてキャンピングカーまで売れ行きを伸ばした。また、主婦感覚とでも言うべきなのか、賞味期限の長い日持ちする商品が売れている。ソーセージなどがその代表であるが、従来鮮度価値の日配品と言われてきた牛乳やお豆腐にも賞味期限の長い新商品が出てきた。こうした商品以外にも、レトルト食品や缶詰も再認識されている。
ところで、液状化を恐れ売れ行きが難しいとされた東京湾岸の高層マンションが意外にも好調な売れ行きを見せている。液状化への更なる地盤対策、あるいは地震による周期地振動対策、・・・・・多くの教訓を踏まえたものであるが、なんと言っても都心から歩いて帰宅出来る点が再認識されたようである。
また、福島原発事故による放射能汚染に対する自己防衛策は子育て中の母親を中心に防衛のための活動が活発化した。放射能汚染が広範囲に渡ることが明らかになった3月末、私は放射能の線量計がヒット商品になるとブログに書いたが、残念ながら現実のものとなってしまった。そして、汚染された農畜産物、水産物といった食への不安は、二転三転する政府の安全基準にあって自ら基準を持つ生活者が増えてきた。
マスメディアを含め、「風評被害」という一言で全て片づけてしまうが、こうした「不確かな情報」こそが、風評を産む原因になっている。やっとここ数ヶ月前から「汚染の見える化」が小売店頭において始まった。繰り返し言うが、命にかかわるような重要なことで、しかもあいまい・不確かであった時、うわさは生起し、しかも連鎖し続ける。その連鎖の先は元となった情報とは全く異なったものとなる。それを私たちはうわさではなく、デマと呼んでいる。
ところで東日本大震災の衝撃によって見失いがちの消費がある。それは西関脇に入った有楽町(ルミネ&阪急メンズ館)であり、九州新幹線の開通による効果も踏まえたJR博多シティという2つの商業施設である。特に、有楽町ルミネについてはその出店専門店の顔ぶれを見てそれなりの売上をあげるであろうと思っていたが、旧西武百貨店との時とは全く異なった館内レイアウト&動線のつくりがプロの目から見てもうまくつくられていると感じられる。特に、A館とB館をつなぐ動線のつくり方などがそうで、従来のおおざっぱな売り場づくりとは正反対のディテールにも美意識が感じられるものとなっている。また、JR博多シティを見てきた友人の感想であるが、九州ならではの未だ知られていない食の専門店がかなり出店していて、金太郎飴の如き顔ぶれの専門店集積SCとは一味異なっているとのこと。両SCは勿論コンセプトも異なるものであるが、次なる消費を踏まえていることは間違いない。
3.11以降いくつかの商業施設を見てきたが、東京においては11月ぐらいからかなり旺盛な消費が見られ始め、この12月に入り、昨年より良い売上の商業施設も出てきている。年末には2012年度の消費傾向をまとめの意味を含め書いてみたい。(続く)
2011年11月28日
ブータン国王夫妻来日、TPP、そしてテラスモール湘南
ヒット商品応援団日記No520(毎週更新) 2011.11.28.
前回もそうであったが、忙しさにかまけてブログの更新に1ヶ月以上かかってしまった。ところで、6月のブログで「小さなブータン国に学ぶ」というタイトルで幸福とは何かについて私見を書いた。3.11以降の価値観変化の先に見え隠れする「幸せって何!日本って・・・」と書き、人口70万人という小さなブータン国の成長と東北3県の復興を重ね合わせたブログであった。そして、次のようにも書いた。
「国民総幸福量という視座も復興構想の一つになりえると思う。もう一つの国づくりを東北で行うということである。つまり、東北3県に無数の小さなブータン国が生まれるということだ」と。
その国王夫妻が来日し被災地福島を訪れ、国会においてもその爽やかな幸福論の一端を見せ勇気づけてくれた。その演説のなかでブータン国を次のように表現していた。
「国の魅力的な外形的特徴と、豊かで人の心をとらえて離さない歴史が、ブータン人の人格や性質を形作っています。ブータンは美しい国であり、面積が小さいながらも国土全体に拡がるさまざまな異なる地形に数々の寺院、僧院、城砦が点在し何世代ものブータン人の精神性を反映しています。手付かずの自然が残されており、我々の文化と伝統は今も強靭に活気を保っています。ブータン人は何世紀も続けてきたように人々のあいだに深い調和の精神を持ち、質素で謙虚な生活を続けています。」
多くの日本国民がこの演説に心動かされたのも、戦後の工業化、近代化によって無くしつつあるものを思い起こさせてくれたからであろう。演説のなかで使われているキーワードの一つが「調和の精神」である。
こうした「調和」というキーワードにふさわしい穏やかな優しい笑顔を見せてくれたブータン国王夫妻であるが、一方ではTPP参加の是非についての議論が始まった。「調和」とは反対の極にあるようなグローバル競争についての論議である。何度となくグローバル市場について書いてきたが、短絡的ではあるが一言で言えば、販売対象とする市場ばかりか生産拠点や就業労働者を含めたビジネスが地球規模に広がり、関税を含めた障壁を撤廃して自由競争を行なうということである。つまり、顧客支持を得た強いものが勝つという市場のことである。弱肉強食といえばそうであるし、恐らくスタートしてから一定期間は企業間、地域間、個人の間の経済格差はより激しくなる。つまり、勝者は大きな利益を得、敗者は市場から消えてゆくということである。課題は産業構造が変化した時、就業していた人達が、新産業へとうまく移行できるかにかかっている。そして、この時期冷静に過去の歴史、産業転換の歴史を辿ってみることも必要で、俯瞰的に見れば日本国内においては市場の多くは既にグローバル化しているという事実である。
さてこのグローバル化はいつから始まったのかというと、例えば私がテーマとする消費に密接な小売業の分野では地元商店の保護を目的として1970年代に制定された大店法があった。確か1990年代初頭の日米構造協議のテーマの一つであったと思うが、米国の外圧により規制が緩和され、そして廃止された。その結果、大型商業施設が次々と地方都市の郊外に誕生する。そして、次第に地方都市の中心市街地には競争結果として空き店舗が目立つようになり、やがてシャッター通り化し、今日に至る。
TPPの詳細内容は未だ明らかにはなっていないが、この日米構造協議を経た大店法の廃止とどこか似ている。勿論、その後地域商業の活性、空洞化した中心市街地の再生を目的に、いわゆる「まちづくり三法」が制定されたが、周知の通り地方再生への道のりはまだまだ遠い。
以前、東京で勝ち残れれば世界の都市への進出の入り口になる。東京は東京であると同時にTOKYOでもあるとブログにも書いた。自動車産業を始めとした製造業だけがグローバル競争しているわけではない。例えばユニクロはNYでも上海においても、GAPやZARA、H&Mといった企業と競争している。流通も百貨店だけでなく、ファミリーマートのようなコンビニも中国へと進出し、ラーメンを始めとした飲食業もかなり前から東南アジアを中心にグローバル化している。いや、こうした第三次産業の例を挙げるまでもなく、誰もが知っているアニメ、マンガ、といったサブカルチャーを筆頭に「クールジャパン」商品群が世界中を駆け巡っており、その流れの先には注目の「AKB48」も入ってきた。
ところで仕事上、先日神奈川辻堂にオープンした「テラスモール湘南」を見てきた。住商アーバン開発が開発した店舗面積6万3000平方メートルという巨大商業施設である。店舗数281店、つまり日経MJは”テナント多彩 楽しみ<一人十色>”と表現したが、他の商業施設に出店している主要専門店のほとんどが金太郎飴の如く勢揃いしたということである。近隣の駅ビル商業施設を始め旧商店街などには大きな影響が出てくることは間違いない。ただですら空き店舗が目立つ地方商店街はシャッター通り化するであろう。
この「テラスモール湘南」の出店企業を見ていくと、既に押し寄せるグローバル化の波がわかりやすく出ている。多くの海外企業が日本に進出しているが、まだまだ進出していない企業もあり、例えば英国から日本初出店の「キャズカフェ」には長い行列が出来ていた。そして、周知のGAP、ZARA、H&M、と共に日本企業ではユニクロ、無印良品、といった世界の主要都市で競争しているカジュアル衣料量販専門店群も出店している。このユニクロも無印良品もヨーロッパに進出し大きな失敗をし、それら経験を踏まえて今日に至っている。
しかし、こうした企業群を見ていくとグローバリズム一色のように見えるが、けっしてそうではない。1Fの食品フロアやフードコートを含め食品専門店や飲食施設のなかには、数は少ないが横浜や鎌倉の名店が出店している。
一年程前であったと思うが、「ユニクロ栄えて、国滅ぶ」と、国内産業の空洞化とデフレを促進させる元凶であると月刊誌の掲載を通じ発言した経済学者がいた。しかし、大量生産、大量販売によって、均質な製品をどんな場所でも安く手に入れることが可能となった。ユニクロがいみじくも代表するように、物質的な豊かさを手に入れてきたことは事実である。あるいは地方都市の郊外に進出している大型商業施設は買物だけでなく、映画を観たりゲームをしたり、家族で食事もして楽しく半日を過ごすことができるようになった。しかし、中心市街地の商店街はシャッター通り化し、更には進出した大型商業施設自体が経営に行き詰まり、撤退した後はどうなったか。何年もの間、閉鎖され野ざらし状態が続いているのも事実である。そして、今夜の夕食を相談する魚屋や八百屋はなくなり、デパ地下やスーパーには調理済みのパック惣菜ばかりが店頭に並ぶようになった。我が地方の味、我が家の味、おふくろの味は給食とデパ地下&コンビニの味にとって代わった。こうした均質さから脱却するかのように、クッキングスクールがはやり、使って楽しいキッチングッズが多数生まれた。B級グルメのグランプリが注目されるのも、おうちでご飯がブームになるのも、手作り、、ここだけ、固有、・・・・・少し大げさではあるが地域や家庭文化への興味と回帰といった現象が消費のいたるところで出てきている。ある意味、デパ地下のお惣菜も買うが、週末だけは手作り料理を楽しむといったバランスのとれたライフスタイルに向かっているということだ。
大分長くなってしまった。次回もグローバリズムとローカリズム、競争と調和、均質と固有、変化と移動、・・・・・・・・この時代の大きなテーマについて引き続き書いてみたい。(続く)
前回もそうであったが、忙しさにかまけてブログの更新に1ヶ月以上かかってしまった。ところで、6月のブログで「小さなブータン国に学ぶ」というタイトルで幸福とは何かについて私見を書いた。3.11以降の価値観変化の先に見え隠れする「幸せって何!日本って・・・」と書き、人口70万人という小さなブータン国の成長と東北3県の復興を重ね合わせたブログであった。そして、次のようにも書いた。
「国民総幸福量という視座も復興構想の一つになりえると思う。もう一つの国づくりを東北で行うということである。つまり、東北3県に無数の小さなブータン国が生まれるということだ」と。
その国王夫妻が来日し被災地福島を訪れ、国会においてもその爽やかな幸福論の一端を見せ勇気づけてくれた。その演説のなかでブータン国を次のように表現していた。
「国の魅力的な外形的特徴と、豊かで人の心をとらえて離さない歴史が、ブータン人の人格や性質を形作っています。ブータンは美しい国であり、面積が小さいながらも国土全体に拡がるさまざまな異なる地形に数々の寺院、僧院、城砦が点在し何世代ものブータン人の精神性を反映しています。手付かずの自然が残されており、我々の文化と伝統は今も強靭に活気を保っています。ブータン人は何世紀も続けてきたように人々のあいだに深い調和の精神を持ち、質素で謙虚な生活を続けています。」
多くの日本国民がこの演説に心動かされたのも、戦後の工業化、近代化によって無くしつつあるものを思い起こさせてくれたからであろう。演説のなかで使われているキーワードの一つが「調和の精神」である。
こうした「調和」というキーワードにふさわしい穏やかな優しい笑顔を見せてくれたブータン国王夫妻であるが、一方ではTPP参加の是非についての議論が始まった。「調和」とは反対の極にあるようなグローバル競争についての論議である。何度となくグローバル市場について書いてきたが、短絡的ではあるが一言で言えば、販売対象とする市場ばかりか生産拠点や就業労働者を含めたビジネスが地球規模に広がり、関税を含めた障壁を撤廃して自由競争を行なうということである。つまり、顧客支持を得た強いものが勝つという市場のことである。弱肉強食といえばそうであるし、恐らくスタートしてから一定期間は企業間、地域間、個人の間の経済格差はより激しくなる。つまり、勝者は大きな利益を得、敗者は市場から消えてゆくということである。課題は産業構造が変化した時、就業していた人達が、新産業へとうまく移行できるかにかかっている。そして、この時期冷静に過去の歴史、産業転換の歴史を辿ってみることも必要で、俯瞰的に見れば日本国内においては市場の多くは既にグローバル化しているという事実である。
さてこのグローバル化はいつから始まったのかというと、例えば私がテーマとする消費に密接な小売業の分野では地元商店の保護を目的として1970年代に制定された大店法があった。確か1990年代初頭の日米構造協議のテーマの一つであったと思うが、米国の外圧により規制が緩和され、そして廃止された。その結果、大型商業施設が次々と地方都市の郊外に誕生する。そして、次第に地方都市の中心市街地には競争結果として空き店舗が目立つようになり、やがてシャッター通り化し、今日に至る。
TPPの詳細内容は未だ明らかにはなっていないが、この日米構造協議を経た大店法の廃止とどこか似ている。勿論、その後地域商業の活性、空洞化した中心市街地の再生を目的に、いわゆる「まちづくり三法」が制定されたが、周知の通り地方再生への道のりはまだまだ遠い。
以前、東京で勝ち残れれば世界の都市への進出の入り口になる。東京は東京であると同時にTOKYOでもあるとブログにも書いた。自動車産業を始めとした製造業だけがグローバル競争しているわけではない。例えばユニクロはNYでも上海においても、GAPやZARA、H&Mといった企業と競争している。流通も百貨店だけでなく、ファミリーマートのようなコンビニも中国へと進出し、ラーメンを始めとした飲食業もかなり前から東南アジアを中心にグローバル化している。いや、こうした第三次産業の例を挙げるまでもなく、誰もが知っているアニメ、マンガ、といったサブカルチャーを筆頭に「クールジャパン」商品群が世界中を駆け巡っており、その流れの先には注目の「AKB48」も入ってきた。
ところで仕事上、先日神奈川辻堂にオープンした「テラスモール湘南」を見てきた。住商アーバン開発が開発した店舗面積6万3000平方メートルという巨大商業施設である。店舗数281店、つまり日経MJは”テナント多彩 楽しみ<一人十色>”と表現したが、他の商業施設に出店している主要専門店のほとんどが金太郎飴の如く勢揃いしたということである。近隣の駅ビル商業施設を始め旧商店街などには大きな影響が出てくることは間違いない。ただですら空き店舗が目立つ地方商店街はシャッター通り化するであろう。
この「テラスモール湘南」の出店企業を見ていくと、既に押し寄せるグローバル化の波がわかりやすく出ている。多くの海外企業が日本に進出しているが、まだまだ進出していない企業もあり、例えば英国から日本初出店の「キャズカフェ」には長い行列が出来ていた。そして、周知のGAP、ZARA、H&M、と共に日本企業ではユニクロ、無印良品、といった世界の主要都市で競争しているカジュアル衣料量販専門店群も出店している。このユニクロも無印良品もヨーロッパに進出し大きな失敗をし、それら経験を踏まえて今日に至っている。
しかし、こうした企業群を見ていくとグローバリズム一色のように見えるが、けっしてそうではない。1Fの食品フロアやフードコートを含め食品専門店や飲食施設のなかには、数は少ないが横浜や鎌倉の名店が出店している。
一年程前であったと思うが、「ユニクロ栄えて、国滅ぶ」と、国内産業の空洞化とデフレを促進させる元凶であると月刊誌の掲載を通じ発言した経済学者がいた。しかし、大量生産、大量販売によって、均質な製品をどんな場所でも安く手に入れることが可能となった。ユニクロがいみじくも代表するように、物質的な豊かさを手に入れてきたことは事実である。あるいは地方都市の郊外に進出している大型商業施設は買物だけでなく、映画を観たりゲームをしたり、家族で食事もして楽しく半日を過ごすことができるようになった。しかし、中心市街地の商店街はシャッター通り化し、更には進出した大型商業施設自体が経営に行き詰まり、撤退した後はどうなったか。何年もの間、閉鎖され野ざらし状態が続いているのも事実である。そして、今夜の夕食を相談する魚屋や八百屋はなくなり、デパ地下やスーパーには調理済みのパック惣菜ばかりが店頭に並ぶようになった。我が地方の味、我が家の味、おふくろの味は給食とデパ地下&コンビニの味にとって代わった。こうした均質さから脱却するかのように、クッキングスクールがはやり、使って楽しいキッチングッズが多数生まれた。B級グルメのグランプリが注目されるのも、おうちでご飯がブームになるのも、手作り、、ここだけ、固有、・・・・・少し大げさではあるが地域や家庭文化への興味と回帰といった現象が消費のいたるところで出てきている。ある意味、デパ地下のお惣菜も買うが、週末だけは手作り料理を楽しむといったバランスのとれたライフスタイルに向かっているということだ。
大分長くなってしまった。次回もグローバリズムとローカリズム、競争と調和、均質と固有、変化と移動、・・・・・・・・この時代の大きなテーマについて引き続き書いてみたい。(続く)
2011年10月19日
居心地の悪い空気感
ヒット商品応援団日記No520(毎週更新) 2011.10.19.
ブログの更新に大分時間が経過してしまったが、前回「安全の見える化」というタイトルで原発事故による放射性物質の拡散による検査結果を具体的な数字をもって表示することが安心・信頼獲得への道であると書いた。その後、やっと日経MJ(10/12号)はどこまで検査数字を表示したらよいのか小売現場では困惑していると取材レポートがあった。この取材のなかで「通販生活」で知られているカタログハウスではチェルノブイリ事故後ウクライナが制定した安全基準に基づいた基準、放射性セシウムは果物では1キロ当り70ベクレル以下、野菜は40ベクレル以下とし、検査数字を店頭表示している。ちなみにこのカタログハウスの基準値は日本政府の暫定規制値500ベクレルと比較してかなり低く設定されている。更に、あのエブリデーロープライスを実現した中堅スーパーのオーケーでは消費者の要望から野菜・果物については西の地域の商品仕入れとし、割高となった物流コストから価格表示にはその旨を説明し了解を求めるといった店頭表示としている。前回私が指摘をしたように「安全の見える化」が始まっているということだ。
また、先日東京世田谷の区道で高い放射線量を計測したとして詳しく調べて欲しいと市民団体から区に対し要請があった。詳しく調べた結果、幸い放射性物質がラジウムであったが、横浜市港北のマンション屋上など3カ所からはストロンチゥムが検出され、千葉船橋市の公園ではセシウムの線量の高い場所が発見され除染された。更にその後都内葛飾区や足立区でも同様のいわゆるホットスポットが見つかった。既に多くの住民、市民団体が線量計を持って調べに向かっているということである。本来であれば行政が行うべきことであるが、汚染が広域に広がっていることは分かっており、一種の自己防衛策であるが、行政と住民とが一つの仕組みとして汚染マップを作り、除染も住民が行えるところとプロに任せるところを明確にして実行しなければならない。
市場は心理化されていると何度かブログにも書いてきたが、情報の時代ならではの特性である。心理を動かすもの、それは情報に他ならない。情報のあいまいさ、不可解さこそが不安の源となる。そして、不安はそのままであれば更に増幅される。こうした不安を払拭するには、今回のような放射能汚染の場合、自らが除染という行動に向かい、しかも除染後の線量が低くなる実体験によって不安は解消される。放射能という見えない世界を除染後の数値変化をリアル体験、見える化体験することによって安心が生まれるということである。
もう一つの方法がソーシャルメディアの活用であろう。但し、このインタラクティブなメディアも少し前のやらせブログではないが、生半可な会話であると逆効果となる。一対一の徹底した会話によって、あいまいさ、不可解さを払拭していくことである。米国ではソーシャルメディア担当者の人件費に見合う効果が得られているか、といった投資評価のスタディが進んでいる。IT活用であれ、アナログな店頭でのコミュニケーションであれ、深いコミュニケーションが必要な時代であるということだ。
ところで7月から始まった節電を義務づける電力使用制限令が解除され1ヶ月半ほど経過した。解除から1〜2週間は駅も電車内も明るくなり、エスカレーターも動き、以前のような日常に戻ったなと、あるいは節電による暗さも我慢できる範囲内で慣れればそれほど違和感はないなといった感想をもったが、3.11以前のような活気のある街、一種の喧噪感のようなものはまるで感じられない。iPhone4S発売の行列にも、有楽町駅前の阪急メンズ館やルミネのリニューアルオープンにも、それなりの話題はあるのだが、どこか澱んだ空気に包まれている。
物が売れていない訳ではない。8月度の百貨店協会のレポートにもあったが、例えばロレックスのような高級時計も売れ始めており、永く使えるお気に入り商品への消費も戻って来ている。しかし、3.11の衝撃の裏側では年金の支給年齢の引き上げやG20では消費税を10%とする国際公約が発表され、消費が更に停滞・収縮する政策が進んでいる。こうした漠とした不安と共に、気持ちの落ち着き場所が定まらない、居心地が悪い、そんな空気感が社会に漂っている。(続く)
ブログの更新に大分時間が経過してしまったが、前回「安全の見える化」というタイトルで原発事故による放射性物質の拡散による検査結果を具体的な数字をもって表示することが安心・信頼獲得への道であると書いた。その後、やっと日経MJ(10/12号)はどこまで検査数字を表示したらよいのか小売現場では困惑していると取材レポートがあった。この取材のなかで「通販生活」で知られているカタログハウスではチェルノブイリ事故後ウクライナが制定した安全基準に基づいた基準、放射性セシウムは果物では1キロ当り70ベクレル以下、野菜は40ベクレル以下とし、検査数字を店頭表示している。ちなみにこのカタログハウスの基準値は日本政府の暫定規制値500ベクレルと比較してかなり低く設定されている。更に、あのエブリデーロープライスを実現した中堅スーパーのオーケーでは消費者の要望から野菜・果物については西の地域の商品仕入れとし、割高となった物流コストから価格表示にはその旨を説明し了解を求めるといった店頭表示としている。前回私が指摘をしたように「安全の見える化」が始まっているということだ。
また、先日東京世田谷の区道で高い放射線量を計測したとして詳しく調べて欲しいと市民団体から区に対し要請があった。詳しく調べた結果、幸い放射性物質がラジウムであったが、横浜市港北のマンション屋上など3カ所からはストロンチゥムが検出され、千葉船橋市の公園ではセシウムの線量の高い場所が発見され除染された。更にその後都内葛飾区や足立区でも同様のいわゆるホットスポットが見つかった。既に多くの住民、市民団体が線量計を持って調べに向かっているということである。本来であれば行政が行うべきことであるが、汚染が広域に広がっていることは分かっており、一種の自己防衛策であるが、行政と住民とが一つの仕組みとして汚染マップを作り、除染も住民が行えるところとプロに任せるところを明確にして実行しなければならない。
市場は心理化されていると何度かブログにも書いてきたが、情報の時代ならではの特性である。心理を動かすもの、それは情報に他ならない。情報のあいまいさ、不可解さこそが不安の源となる。そして、不安はそのままであれば更に増幅される。こうした不安を払拭するには、今回のような放射能汚染の場合、自らが除染という行動に向かい、しかも除染後の線量が低くなる実体験によって不安は解消される。放射能という見えない世界を除染後の数値変化をリアル体験、見える化体験することによって安心が生まれるということである。
もう一つの方法がソーシャルメディアの活用であろう。但し、このインタラクティブなメディアも少し前のやらせブログではないが、生半可な会話であると逆効果となる。一対一の徹底した会話によって、あいまいさ、不可解さを払拭していくことである。米国ではソーシャルメディア担当者の人件費に見合う効果が得られているか、といった投資評価のスタディが進んでいる。IT活用であれ、アナログな店頭でのコミュニケーションであれ、深いコミュニケーションが必要な時代であるということだ。
ところで7月から始まった節電を義務づける電力使用制限令が解除され1ヶ月半ほど経過した。解除から1〜2週間は駅も電車内も明るくなり、エスカレーターも動き、以前のような日常に戻ったなと、あるいは節電による暗さも我慢できる範囲内で慣れればそれほど違和感はないなといった感想をもったが、3.11以前のような活気のある街、一種の喧噪感のようなものはまるで感じられない。iPhone4S発売の行列にも、有楽町駅前の阪急メンズ館やルミネのリニューアルオープンにも、それなりの話題はあるのだが、どこか澱んだ空気に包まれている。
物が売れていない訳ではない。8月度の百貨店協会のレポートにもあったが、例えばロレックスのような高級時計も売れ始めており、永く使えるお気に入り商品への消費も戻って来ている。しかし、3.11の衝撃の裏側では年金の支給年齢の引き上げやG20では消費税を10%とする国際公約が発表され、消費が更に停滞・収縮する政策が進んでいる。こうした漠とした不安と共に、気持ちの落ち着き場所が定まらない、居心地が悪い、そんな空気感が社会に漂っている。(続く)
2011年09月23日
安全の見える化
ヒット商品応援団日記No519(毎週更新) 2011.9.23.
台風15号が首都圏を始め関東地域を縦断した。東京では山手線の運転が見合わせられ、ほとんどの私鉄も同様で帰宅時の足がほとんど失われ、3,11ほどではないが、タクシーやバス乗り場には帰宅難民ではないが長蛇の列となった。しかし、3.11の時のような突然何が起こったのかとした自然への畏れのようなものを感じることはない。防災への慣れといったことではなく、自然とはこうしたことも引き起こすものであるとの認識、自然をやり過ごす考えがあり、極めて落ち着いた日常的な出来事ですらある。ツイッターでは動いている交通機関情報や格安飲食施設やカラオケボックスの情報交換など、3.11の時とは異なる行動が多く見られた。
ところで本業が少し忙しくなったせいかブログの更新が遅れてしまった。この間、東日本大震災の津波で倒れた岩手県陸前高田市の景勝地「高田松原」の松で作った薪を、 「京都五山送り火」で燃やす計画が放射能汚染を理由に中止された。風評被害に苦しむ福島県の生産者を支援するため、福岡市 の大型商業施設「マリノアシティ福岡」内に17日オープンする予定だった同県産品の専門店 が、計画中止に追い込まれた。更に、愛知・日進市の花火大会では、打ち上げが予定されていた福島県の花火が、放射性物質を心配する市民からのクレームで中止となった。市民から「放射能で汚染された花火を持ち込むな」といった抗議の電話やメールが20件以上寄せられたためであった。同時に、京都市の場合には何故中止といったことまでやるのか、やりすぎであるといった逆の抗議が寄せられたという。
放射能汚染に対する地方との情報格差と言えばそれで終ってしまうが、子どもを持つ母親とそうでない人間との認識の違い、3.11の受け止め方の違いが浮かび上がってきている。その根底にある原因は何か、それは原発事故、メルトダウンや放射能拡散の事実を結果として隠蔽した政府や東電にあるのだが、京都の場合も、福岡も、愛知の日進市の場合も、全て良かれと思って東北応援をした人間と、一方放射能汚染におびえる母親とが衝突する事態に至っている。
放射能に対する安全基準の不確かさが全てに基因している。国の基準では年間1ミリシーベルトとしているが、いや1年5ミリだいや年20ミリであると。しかも、それら基準は日本全国全てであるのか、半年も経過しているにも関わらず、それら数値は「暫定」のまま、つまり不確かな状態が今なお続いている。
以前、「うわさの法則」を引用しながら、その情報が命にかかわるような重要なことで、しかもあいまい・不確かであった時、うわさは生起し、しかも連鎖し続ける。その連鎖の先は元となった情報とは全く異なったものとなる。それを私たちはうわさではなく、デマと呼んでいる。
こうした不安心理がまん延する社会にあっては、例えば放射性物質の汚染情況について、「安全です」、「安全基準値以下です」といくら言っても不安は解消されはしない。パニックを起こさないためという理由から放射能汚染の拡散情報、スピーディのシュミレーション情報の開示を送らせた政府に対し、不安ではなく不信の塊となっているのだ。子を持つ母親の心理を考えれば、不安状態は続いている。
こうした市場にあって、ユニークな経営を行っている雪国まいたけが従来から行われてきた残留農薬や重金属に加えた放射性物質の検査結果を流通業者だけでなく、一般消費者にも日々公開すると広告において告知した。つまり、汚染の検査結果を数字で公開するというものである。その公開した数値を購入の判断基準にしてもらうということだ。つまり、不信社会にあっては、具体的な数値をもってしかコミュニケーションできないということである。その数値自体に嘘があったらどうするのだという声が聞こえてきそうであるが、少なくとも「基準値以下です」と表示することよりかは具体的数値の公開の方が信頼されるということである。福島原発事故後、放射能の線量計がヒット商品になるであろうとブログにも書いたが、その通りとなり、線量計を持つ母親がかなりの数に及んでいることを考えれば、生産する側も、流通する側も、最早自主検査の数値をも公開せざるを得ないところまできたということだ。
放射能汚染の程度を判断する安全基準だけでなく、自らの基準を持つことは成熟への第一歩である。それはお気に入りであることの前に、安全という基本欲求を自ら設定し、納得することが最大関心事となった。その納得とは何か、それは専門家の理屈ではなく、明確な数値で示すことである。見えない不安や恐怖を明確に数値化すること、いわゆる見える化が消費現場に要請されている。
安全というキーワードはこれからも続く。その後公開されたスピーディのデータを見ても分かるが、汚染は極めて広範囲である。ばらまかれた放射性物質は80京ベクレルという想像することが出来ない量である。つまり、これからもこの課題は続くということである。福島は桃や葡萄を始めとした果物が美味しい産地である。観光農園も盛んであるが、残念なことに桃狩りなどを楽しむ客は激減していると聞く。東北や北関東の山はキノコ狩りのシーズンであるが、各自治体は注意を呼びかけているという。魚介類の汚染情況について最近は情報に接することがない。小魚から大きな魚へと、いわゆる食物連鎖によって放射性物質はどの程度蓄積されているか、漁協の力を借りて行政は検査分析をしていると思うが、是非とも具体的数値をもって安全を語って欲しい。
生産する側も、流通する側も、そして消費する側も、その接点に置かなければならないのが、「安全の見える化」である。風評被害を防ぐためにも、安心を得る為にも、あいまいな表現ではなく、数値をもって安全を表現しなければならない時代だ。(続く)
台風15号が首都圏を始め関東地域を縦断した。東京では山手線の運転が見合わせられ、ほとんどの私鉄も同様で帰宅時の足がほとんど失われ、3,11ほどではないが、タクシーやバス乗り場には帰宅難民ではないが長蛇の列となった。しかし、3.11の時のような突然何が起こったのかとした自然への畏れのようなものを感じることはない。防災への慣れといったことではなく、自然とはこうしたことも引き起こすものであるとの認識、自然をやり過ごす考えがあり、極めて落ち着いた日常的な出来事ですらある。ツイッターでは動いている交通機関情報や格安飲食施設やカラオケボックスの情報交換など、3.11の時とは異なる行動が多く見られた。
ところで本業が少し忙しくなったせいかブログの更新が遅れてしまった。この間、東日本大震災の津波で倒れた岩手県陸前高田市の景勝地「高田松原」の松で作った薪を、 「京都五山送り火」で燃やす計画が放射能汚染を理由に中止された。風評被害に苦しむ福島県の生産者を支援するため、福岡市 の大型商業施設「マリノアシティ福岡」内に17日オープンする予定だった同県産品の専門店 が、計画中止に追い込まれた。更に、愛知・日進市の花火大会では、打ち上げが予定されていた福島県の花火が、放射性物質を心配する市民からのクレームで中止となった。市民から「放射能で汚染された花火を持ち込むな」といった抗議の電話やメールが20件以上寄せられたためであった。同時に、京都市の場合には何故中止といったことまでやるのか、やりすぎであるといった逆の抗議が寄せられたという。
放射能汚染に対する地方との情報格差と言えばそれで終ってしまうが、子どもを持つ母親とそうでない人間との認識の違い、3.11の受け止め方の違いが浮かび上がってきている。その根底にある原因は何か、それは原発事故、メルトダウンや放射能拡散の事実を結果として隠蔽した政府や東電にあるのだが、京都の場合も、福岡も、愛知の日進市の場合も、全て良かれと思って東北応援をした人間と、一方放射能汚染におびえる母親とが衝突する事態に至っている。
放射能に対する安全基準の不確かさが全てに基因している。国の基準では年間1ミリシーベルトとしているが、いや1年5ミリだいや年20ミリであると。しかも、それら基準は日本全国全てであるのか、半年も経過しているにも関わらず、それら数値は「暫定」のまま、つまり不確かな状態が今なお続いている。
以前、「うわさの法則」を引用しながら、その情報が命にかかわるような重要なことで、しかもあいまい・不確かであった時、うわさは生起し、しかも連鎖し続ける。その連鎖の先は元となった情報とは全く異なったものとなる。それを私たちはうわさではなく、デマと呼んでいる。
こうした不安心理がまん延する社会にあっては、例えば放射性物質の汚染情況について、「安全です」、「安全基準値以下です」といくら言っても不安は解消されはしない。パニックを起こさないためという理由から放射能汚染の拡散情報、スピーディのシュミレーション情報の開示を送らせた政府に対し、不安ではなく不信の塊となっているのだ。子を持つ母親の心理を考えれば、不安状態は続いている。
こうした市場にあって、ユニークな経営を行っている雪国まいたけが従来から行われてきた残留農薬や重金属に加えた放射性物質の検査結果を流通業者だけでなく、一般消費者にも日々公開すると広告において告知した。つまり、汚染の検査結果を数字で公開するというものである。その公開した数値を購入の判断基準にしてもらうということだ。つまり、不信社会にあっては、具体的な数値をもってしかコミュニケーションできないということである。その数値自体に嘘があったらどうするのだという声が聞こえてきそうであるが、少なくとも「基準値以下です」と表示することよりかは具体的数値の公開の方が信頼されるということである。福島原発事故後、放射能の線量計がヒット商品になるであろうとブログにも書いたが、その通りとなり、線量計を持つ母親がかなりの数に及んでいることを考えれば、生産する側も、流通する側も、最早自主検査の数値をも公開せざるを得ないところまできたということだ。
放射能汚染の程度を判断する安全基準だけでなく、自らの基準を持つことは成熟への第一歩である。それはお気に入りであることの前に、安全という基本欲求を自ら設定し、納得することが最大関心事となった。その納得とは何か、それは専門家の理屈ではなく、明確な数値で示すことである。見えない不安や恐怖を明確に数値化すること、いわゆる見える化が消費現場に要請されている。
安全というキーワードはこれからも続く。その後公開されたスピーディのデータを見ても分かるが、汚染は極めて広範囲である。ばらまかれた放射性物質は80京ベクレルという想像することが出来ない量である。つまり、これからもこの課題は続くということである。福島は桃や葡萄を始めとした果物が美味しい産地である。観光農園も盛んであるが、残念なことに桃狩りなどを楽しむ客は激減していると聞く。東北や北関東の山はキノコ狩りのシーズンであるが、各自治体は注意を呼びかけているという。魚介類の汚染情況について最近は情報に接することがない。小魚から大きな魚へと、いわゆる食物連鎖によって放射性物質はどの程度蓄積されているか、漁協の力を借りて行政は検査分析をしていると思うが、是非とも具体的数値をもって安全を語って欲しい。
生産する側も、流通する側も、そして消費する側も、その接点に置かなければならないのが、「安全の見える化」である。風評被害を防ぐためにも、安心を得る為にも、あいまいな表現ではなく、数値をもって安全を表現しなければならない時代だ。(続く)
2011年09月05日
流行歌(はやりうた)が聞こえない
ヒット商品応援団日記No518(毎週更新) 2011.9.5.
東日本大震災への義援金が、8月23日現在約250万件、2816億円を超えたと報じられた。昨年末から今年にかけて、児童養護施設に「伊達直人」を名乗る人物からランドセルを始めとしたプレゼントが送られ、そうした善意が連鎖しタイガーマスク運動になった。その時感じたのだが、日本人はなんとシャイで照れ屋が多いことかと。無縁社会が流行語になるようなバラバラ社会にあって、互いにタイガーマスクという記号を使って匿名のままつながりあう現象であったが、東日本大震災はそれとは異なる次元のものであった。シャイも照れもなく、3.11の光景は我が身の痛さとして突き刺さったからだ。その痛みとは目の前で、多くの命、家族や知人・友人の命を持ち去ったことへの痛みであり、更に家屋も、学校も、車も、町も、生活の全てを持ち去った自然そのものへの畏れが痛みとして突き刺さったということでもある。そして、その痛みが義援金や現地ボランティアへと向かわせた。
その痛みが今なお続いているからであろうか、歌が聞こえてこない。多くのミュージシャンやアーチストが被災地を訪れ、支援のコンサートなどを行っている。被災した人達へ、ひととき心安らいで欲しいという意味で貢献しているとは思うが、被災者と無名の応援者とを結ぶ、そんな応援歌は未だ生まれてはいない。
戦後生まれの団塊世代の私でも物心つく年齢になると、まだがれきの残る東京の荒廃した風景のなかに多くの流行歌(はやりうた)が聞こえていたことを覚えている。美空ひばりを筆頭に、春日八郎、三浦光一、三波春夫・・・・戦中を経験してきた私より上の世代にとってはこうした歌手による歌が応援歌になっていた。私の世代と言えば、その後の米国文化の象徴であるエルビスプレスリーやベンチャーズによるエレキブームとフォークソングであろう。
歌は時代を映し出すとは、表には出てこない生活者の心の底にたまった自分では解決出来ない澱んだ何かを歌によって何十分の一、ほんのひととき気持ちを楽にしてくれるものの一つであった。心の底に澱んでいたものは「自分」を超えた時代そのものが持つ、故郷への想いであったり、別れであったり、男と女の愛憎などをテーマとしたいわゆる歌謡曲の時代であった。また、そうした世界の裏表の関係として水前寺清子の「365歩のマーチ」のような希望や夢をテーマとした曲も広く流行った。
歌謡曲が日本人がもつ繊細な心情のひだを歌い上げたのに対し、フォークソングやロックはストレートなメッセージソングとして歌謡曲とともに流行った。福島原発事故後、反原発のロック(「SUMMER TIME BLUES」)として2年程前に癌で亡くなった忌野清志郎が注目されたが、時代をどう生きるか、ストレートなメッセージとして歌っていた。私の場合、忌野清志郎と言えば、代表曲「雨あがりの夜空に」が好きあるが。同時代を今なお生きているあの吉田拓郎は、ありのままの自分でいいじゃないか、時に疲れたら少し休もうじゃないか、というメッセージソング「ガンバラないけどいいでしょう」を最後に音楽活動を卒業した。
卒業と言えば、3年半程前になるだろうか、アンジェラ・アキが歌ったNHKの全国学校音楽コンクールの課題曲「拝啓 ありがとう 十五のあなたに伝えたい事があるのです」を思い出す。未来へと旅立つ中学生への応援歌「手紙」という曲であるが、まだそんな応援歌は出てきてはいない。
そもそも言葉の原初的発生は、最初はまさに音であった。うれしかったり、悲しかったりそうした感情は音、つまり表音としてあった。そうした音を人類は表意として、地域ごとに時代ごとに言語として制度化してきた。そうした意味で、音楽は原初としての言葉であった。この時代に言葉を与えてくれるミュージシャンは未だ出てきてはいない。まだまだ痛みは強く言葉にならないということだろうか。
亡くなった作詞家阿久悠は、晩年「昭和とともに終わったのは歌謡曲ではなく、実は、人間の心ではないかと気がついた」と語り、「心が無いとわかってしまうと、とても恐くて、新しいモラルや生き方を歌い上げることはできない」と歌づくりを断念した。しかし、3.11後の光景は痛みとともに、共助の光景をも見せてくれた。大津波は自助できるものを大きく超えたものであった。更に、頼りにすべき行政機関も津波で持ち去られ、残るは生き残った人々の共助だけとなった。多くの場合こうした災害後には略奪などが横行するのだが、日本の場合は互いに助け合う共助へと向かい、世界中から賞讃された。阿久悠は「心が無い」時代に歌うことはできないとしたが、実は心はあったのだ。
忌野清志郎が歌う「雨あがりの夜空に」の歌詞に次のようなフレーズがある。
・・・・・・・・・・・・
こんな夜におまえに乗れないなんて
こんな夜に発車でないなんて
こんなこといつまでも長くは続かない
・・・・・・・
Oh雨上がりの夜空にかがやく
Woo雲の切れ間に
散りばめたダイヤモンド
・・・・・・・・・・
そして、忌野清志郎は私たちに「どうしたんだHey Hey Baby」と投げかける。乱暴だが、とてつもなく優しい。そんな応援歌が待たれている。(続く)
東日本大震災への義援金が、8月23日現在約250万件、2816億円を超えたと報じられた。昨年末から今年にかけて、児童養護施設に「伊達直人」を名乗る人物からランドセルを始めとしたプレゼントが送られ、そうした善意が連鎖しタイガーマスク運動になった。その時感じたのだが、日本人はなんとシャイで照れ屋が多いことかと。無縁社会が流行語になるようなバラバラ社会にあって、互いにタイガーマスクという記号を使って匿名のままつながりあう現象であったが、東日本大震災はそれとは異なる次元のものであった。シャイも照れもなく、3.11の光景は我が身の痛さとして突き刺さったからだ。その痛みとは目の前で、多くの命、家族や知人・友人の命を持ち去ったことへの痛みであり、更に家屋も、学校も、車も、町も、生活の全てを持ち去った自然そのものへの畏れが痛みとして突き刺さったということでもある。そして、その痛みが義援金や現地ボランティアへと向かわせた。
その痛みが今なお続いているからであろうか、歌が聞こえてこない。多くのミュージシャンやアーチストが被災地を訪れ、支援のコンサートなどを行っている。被災した人達へ、ひととき心安らいで欲しいという意味で貢献しているとは思うが、被災者と無名の応援者とを結ぶ、そんな応援歌は未だ生まれてはいない。
戦後生まれの団塊世代の私でも物心つく年齢になると、まだがれきの残る東京の荒廃した風景のなかに多くの流行歌(はやりうた)が聞こえていたことを覚えている。美空ひばりを筆頭に、春日八郎、三浦光一、三波春夫・・・・戦中を経験してきた私より上の世代にとってはこうした歌手による歌が応援歌になっていた。私の世代と言えば、その後の米国文化の象徴であるエルビスプレスリーやベンチャーズによるエレキブームとフォークソングであろう。
歌は時代を映し出すとは、表には出てこない生活者の心の底にたまった自分では解決出来ない澱んだ何かを歌によって何十分の一、ほんのひととき気持ちを楽にしてくれるものの一つであった。心の底に澱んでいたものは「自分」を超えた時代そのものが持つ、故郷への想いであったり、別れであったり、男と女の愛憎などをテーマとしたいわゆる歌謡曲の時代であった。また、そうした世界の裏表の関係として水前寺清子の「365歩のマーチ」のような希望や夢をテーマとした曲も広く流行った。
歌謡曲が日本人がもつ繊細な心情のひだを歌い上げたのに対し、フォークソングやロックはストレートなメッセージソングとして歌謡曲とともに流行った。福島原発事故後、反原発のロック(「SUMMER TIME BLUES」)として2年程前に癌で亡くなった忌野清志郎が注目されたが、時代をどう生きるか、ストレートなメッセージとして歌っていた。私の場合、忌野清志郎と言えば、代表曲「雨あがりの夜空に」が好きあるが。同時代を今なお生きているあの吉田拓郎は、ありのままの自分でいいじゃないか、時に疲れたら少し休もうじゃないか、というメッセージソング「ガンバラないけどいいでしょう」を最後に音楽活動を卒業した。
卒業と言えば、3年半程前になるだろうか、アンジェラ・アキが歌ったNHKの全国学校音楽コンクールの課題曲「拝啓 ありがとう 十五のあなたに伝えたい事があるのです」を思い出す。未来へと旅立つ中学生への応援歌「手紙」という曲であるが、まだそんな応援歌は出てきてはいない。
そもそも言葉の原初的発生は、最初はまさに音であった。うれしかったり、悲しかったりそうした感情は音、つまり表音としてあった。そうした音を人類は表意として、地域ごとに時代ごとに言語として制度化してきた。そうした意味で、音楽は原初としての言葉であった。この時代に言葉を与えてくれるミュージシャンは未だ出てきてはいない。まだまだ痛みは強く言葉にならないということだろうか。
亡くなった作詞家阿久悠は、晩年「昭和とともに終わったのは歌謡曲ではなく、実は、人間の心ではないかと気がついた」と語り、「心が無いとわかってしまうと、とても恐くて、新しいモラルや生き方を歌い上げることはできない」と歌づくりを断念した。しかし、3.11後の光景は痛みとともに、共助の光景をも見せてくれた。大津波は自助できるものを大きく超えたものであった。更に、頼りにすべき行政機関も津波で持ち去られ、残るは生き残った人々の共助だけとなった。多くの場合こうした災害後には略奪などが横行するのだが、日本の場合は互いに助け合う共助へと向かい、世界中から賞讃された。阿久悠は「心が無い」時代に歌うことはできないとしたが、実は心はあったのだ。
忌野清志郎が歌う「雨あがりの夜空に」の歌詞に次のようなフレーズがある。
・・・・・・・・・・・・
こんな夜におまえに乗れないなんて
こんな夜に発車でないなんて
こんなこといつまでも長くは続かない
・・・・・・・
Oh雨上がりの夜空にかがやく
Woo雲の切れ間に
散りばめたダイヤモンド
・・・・・・・・・・
そして、忌野清志郎は私たちに「どうしたんだHey Hey Baby」と投げかける。乱暴だが、とてつもなく優しい。そんな応援歌が待たれている。(続く)
2011年08月29日
消費移動の中心を探す
ヒット商品応援団日記No517(毎週更新) 2011.8.28.
今夏も昨年同様、お中元の売れ残り商品を特価バラ売りする百貨店に人が押し寄せ混雑している。いわゆる訳あり商品であるが、3年程前から始まったわけありブームも、日常化し、最早話題になることはない。既に10年以上前から、確かTV通販で「たらこの切れこ」を安く販売し人気となっており、当時はわけあり商品と呼んではいなかっただけである。
わけあり商品はデフレ時代を象徴的に表したキーワードであるが、食品から始まりアウトレットは言うに及ばず、ホテルや旅館の部屋に至るまで、多面多様な生活領域に広がる傾向を、私は消費の中心移動が低価格へと向かったと表現してきた。
ところで、それまではどこに向かっていたかと言えば、他人との違い(=分散化)をどれだけ生活のなかに取り入れるかが生活者の最大関心事で、私たちはそうした消費傾向を成熟した時代の中心が個性化に向かっていると表現してきた。その個性化の象徴はと言うと、やはり渋谷109ということになる。1990年代末、特異なファッション、ガングロ、山姥が渋谷の街を歩き、中学の修学旅行先には東京ディズニーランドと共に渋谷109は観光名所となっていた。しかし、数年前から、H&Mやフォーエバー21、あるいは新宿マルイにも売り場化されているが、上から下まで1万円で揃う、いわゆるファストファッションが登場した。そして、ティーン世代を中心にその低価格の波が押し寄せ、渋谷109の各ブランドが苦戦している。これも中心点が移動していることの証左であろう。
さて、3.11以降今起こっていることは、中心化と分散化がどのように錯綜しているかということだ。情報の時代は、情報によって、普通と特別、一般と固有、といった異なる価値観を行ったり来たりする。マーケッターはどこに生活者の興味関心の中心が移動し、どこは分散化が進んでいるかを見極めることが主要な仕事となった。そのためには「見晴らしの良い場所」に立つことが必要となる。そうした意味で、東京という世界中のあらゆるものが一極集中する世界は見晴らしが可能な良い場所と言えよう。3.11以降その見晴し台から出てきた消費傾向の一つが私の言葉で表現すると「関係消費」となる。分かりやすく言えば、従来の「頑張った自分へのご褒美」から、家族や仲間、友人へのコミュニケーション商品、メッセージ商品への変化である。俗にいうところの「絆」商品といってもかまわない。婚約指輪が突如売れ始めたり、母の日需要は旺盛であったことが、その現象だ。「私」から「他者」への移動といっても良い。
数年前「ワンコイン商店街」が、空洞化した中心市街地活性化や街起こしの手法として実施されてきた。その成果は一定程度あったが、ワンコインという価格から次の中心点へと移動が始まっている。つまり、ワンコインという価格から、次の生活者興味に移ったということだ。その一つが首都圏の商店街で行われているのが「テーマ商店街」である。どんなテーマかと言うと、今は「ころっけ」である。食品物販店や飲食店が中心であるが、お惣菜屋は言うの及ばずそば屋も中華店も独自のころっけを作り、互いにそのアイディアを競争し合い提供する試みが始まっている。中心点の移動という言い方をするならば、価格オンリーからテーマに移動したということである。そして、B級グルメブームの延長線上で、多くの商店が参加しやすく、消費者にとっては日常的で買い求めやすい商品で、しかもチョット変わったころっけなら購入してみようかと思うテーマ商品である。これもワンコイン商店街からテーマ商店街へと中心点が移動したということだ。
今までブログに書いてきた消費移動の変化について整理をすると、デフレ傾向を踏まえた次のような変化である。
■衣/専門店ファッションからファストファッションへ
■ブランド/百貨店・路面店からアウトレット・ネット通販へ
■食/外食から中食・内食へ
■健康/サプリメントからウオーキングへ
■住まい/自由が丘から吉祥寺へ
■遊び/外から内へ、個人から家族へ
■休み/遊びから学習へ
■全体として/プロサービスからセルフサービスへ
こうした消費移動の事例についてはブログを読んでいただきたい。大切なことは消費移動が始まっていることと共に、今までの市場が全て無くなった訳ではない。従来のやり方であれば、顧客は減り続ける、その減り続ける売上で経営をしなければならない。つまり、事業規模を縮小しなければならないということである。縮小する本業を傍らでやりながら、新しい「何か」を模索しているのが日本の企業が置かれているポジションであろう。
私が何故このように国内の消費にこだわるか、もっとマーケットは広い、勿論そうではある。しかし、日本のマスメディアが報じない、いやあまり報じない情報として中小企業、しかも第三次産業がいかに大きいか知らされてはいない。今、注目されている円高についても、輸出産業にとっては痛手ではあるが、その痛みはどれほどなのであろうか。ちなみに、日本の輸出額の対国内総生産(GDP)比率は約11.5%と極めて低い。仮に10%の円高によって単純に円ベースの輸出額が同じ割合で減少したとしても、GDP全体へのマイナス寄与度は1%程度にとどまる。日本のGDPの70%超は第三次産業によるものであり、輸出産業はマスコミ経済記者が報道するほど大きなことではない。逆に、イトーヨーカドーが円高還元セールを行っているが、そうしたことによる消費活性の方がGDPには寄与している。
ところで消費の中心移動のスピードは極めて速い。ワッと売れて、パタっと止む、こうした小さなベストセラー型のヒット商品が多く出るのが情報の時代の特徴である。いわゆる商品のライフサイクルの短さであるが、特にマスメディアが取り上げて話題となるマスプロダクト化商品が短命に終わる。
ここ数年前から住んでみたい街ランキングNO1は吉祥寺であるが、面白いことにこの街には全国から新しい業態や新製品導入エリアとなっている。以前ブログに書いたので省略するが、都心から20分程の駅を中心とした商業とその外縁には緑の多い公園のある住宅街である。駅の四方を囲む商業は、新旧商店街が横丁路地裏を形成する界隈性のある街となっている。この吉祥寺も他の街と同様に百貨店は3店あったが、近鉄百貨店は家電量販のヨドバシに替わり、吉祥寺のランドマークでもあった伊勢丹は昨年3月に撤退し、跡地にはコピス吉祥寺というニューファミリー層をターゲットとしたSCへと生まれ変わった。百貨店業態は東急だけが残っている。このようにある意味大型流通は淘汰された街となっている。そうした街で成功すれば都内へと拡大するとした専門店ビジネスが多い。しかし、こうした新しい大型商業のなかに、旧商店街の一角に今なお毎日々行列ができる店がある。和菓子の小笹とさとうのめんちかつである。ベストセラー&ロングセラーという極めて稀な商店である。しかし、象徴的に言えばこの2店こそが吉祥寺の中心点の一つになっているということである。美味しさはいうまでもないが、ワンコイン的安さと懐かしい手作りの昔ながらの普通のお店である。もう一つの中心点は食でいうと、常に、新しい専門店や売り場をつくっている吉祥寺駅のSCアトレと東急百貨店のFoodShowで特別な食を提供、まさに新旧が混在した街となっている。住みたい街とはこうした混在する魅力のことである。吉祥寺を調べると分かるが、新しさだけでも、古さだけでも駄目であるということだ。中心となる新しさは何か、それはどこへ向かっているかの発見と共に、今なお毎日が行列となっている小笹やさとうのめんちかつのような慣れ親しんだ古さに中心を見出し大切にする、消費移動という変化を見据える複眼が必要な時代だ。(続く)
今夏も昨年同様、お中元の売れ残り商品を特価バラ売りする百貨店に人が押し寄せ混雑している。いわゆる訳あり商品であるが、3年程前から始まったわけありブームも、日常化し、最早話題になることはない。既に10年以上前から、確かTV通販で「たらこの切れこ」を安く販売し人気となっており、当時はわけあり商品と呼んではいなかっただけである。
わけあり商品はデフレ時代を象徴的に表したキーワードであるが、食品から始まりアウトレットは言うに及ばず、ホテルや旅館の部屋に至るまで、多面多様な生活領域に広がる傾向を、私は消費の中心移動が低価格へと向かったと表現してきた。
ところで、それまではどこに向かっていたかと言えば、他人との違い(=分散化)をどれだけ生活のなかに取り入れるかが生活者の最大関心事で、私たちはそうした消費傾向を成熟した時代の中心が個性化に向かっていると表現してきた。その個性化の象徴はと言うと、やはり渋谷109ということになる。1990年代末、特異なファッション、ガングロ、山姥が渋谷の街を歩き、中学の修学旅行先には東京ディズニーランドと共に渋谷109は観光名所となっていた。しかし、数年前から、H&Mやフォーエバー21、あるいは新宿マルイにも売り場化されているが、上から下まで1万円で揃う、いわゆるファストファッションが登場した。そして、ティーン世代を中心にその低価格の波が押し寄せ、渋谷109の各ブランドが苦戦している。これも中心点が移動していることの証左であろう。
さて、3.11以降今起こっていることは、中心化と分散化がどのように錯綜しているかということだ。情報の時代は、情報によって、普通と特別、一般と固有、といった異なる価値観を行ったり来たりする。マーケッターはどこに生活者の興味関心の中心が移動し、どこは分散化が進んでいるかを見極めることが主要な仕事となった。そのためには「見晴らしの良い場所」に立つことが必要となる。そうした意味で、東京という世界中のあらゆるものが一極集中する世界は見晴らしが可能な良い場所と言えよう。3.11以降その見晴し台から出てきた消費傾向の一つが私の言葉で表現すると「関係消費」となる。分かりやすく言えば、従来の「頑張った自分へのご褒美」から、家族や仲間、友人へのコミュニケーション商品、メッセージ商品への変化である。俗にいうところの「絆」商品といってもかまわない。婚約指輪が突如売れ始めたり、母の日需要は旺盛であったことが、その現象だ。「私」から「他者」への移動といっても良い。
数年前「ワンコイン商店街」が、空洞化した中心市街地活性化や街起こしの手法として実施されてきた。その成果は一定程度あったが、ワンコインという価格から次の中心点へと移動が始まっている。つまり、ワンコインという価格から、次の生活者興味に移ったということだ。その一つが首都圏の商店街で行われているのが「テーマ商店街」である。どんなテーマかと言うと、今は「ころっけ」である。食品物販店や飲食店が中心であるが、お惣菜屋は言うの及ばずそば屋も中華店も独自のころっけを作り、互いにそのアイディアを競争し合い提供する試みが始まっている。中心点の移動という言い方をするならば、価格オンリーからテーマに移動したということである。そして、B級グルメブームの延長線上で、多くの商店が参加しやすく、消費者にとっては日常的で買い求めやすい商品で、しかもチョット変わったころっけなら購入してみようかと思うテーマ商品である。これもワンコイン商店街からテーマ商店街へと中心点が移動したということだ。
今までブログに書いてきた消費移動の変化について整理をすると、デフレ傾向を踏まえた次のような変化である。
■衣/専門店ファッションからファストファッションへ
■ブランド/百貨店・路面店からアウトレット・ネット通販へ
■食/外食から中食・内食へ
■健康/サプリメントからウオーキングへ
■住まい/自由が丘から吉祥寺へ
■遊び/外から内へ、個人から家族へ
■休み/遊びから学習へ
■全体として/プロサービスからセルフサービスへ
こうした消費移動の事例についてはブログを読んでいただきたい。大切なことは消費移動が始まっていることと共に、今までの市場が全て無くなった訳ではない。従来のやり方であれば、顧客は減り続ける、その減り続ける売上で経営をしなければならない。つまり、事業規模を縮小しなければならないということである。縮小する本業を傍らでやりながら、新しい「何か」を模索しているのが日本の企業が置かれているポジションであろう。
私が何故このように国内の消費にこだわるか、もっとマーケットは広い、勿論そうではある。しかし、日本のマスメディアが報じない、いやあまり報じない情報として中小企業、しかも第三次産業がいかに大きいか知らされてはいない。今、注目されている円高についても、輸出産業にとっては痛手ではあるが、その痛みはどれほどなのであろうか。ちなみに、日本の輸出額の対国内総生産(GDP)比率は約11.5%と極めて低い。仮に10%の円高によって単純に円ベースの輸出額が同じ割合で減少したとしても、GDP全体へのマイナス寄与度は1%程度にとどまる。日本のGDPの70%超は第三次産業によるものであり、輸出産業はマスコミ経済記者が報道するほど大きなことではない。逆に、イトーヨーカドーが円高還元セールを行っているが、そうしたことによる消費活性の方がGDPには寄与している。
ところで消費の中心移動のスピードは極めて速い。ワッと売れて、パタっと止む、こうした小さなベストセラー型のヒット商品が多く出るのが情報の時代の特徴である。いわゆる商品のライフサイクルの短さであるが、特にマスメディアが取り上げて話題となるマスプロダクト化商品が短命に終わる。
ここ数年前から住んでみたい街ランキングNO1は吉祥寺であるが、面白いことにこの街には全国から新しい業態や新製品導入エリアとなっている。以前ブログに書いたので省略するが、都心から20分程の駅を中心とした商業とその外縁には緑の多い公園のある住宅街である。駅の四方を囲む商業は、新旧商店街が横丁路地裏を形成する界隈性のある街となっている。この吉祥寺も他の街と同様に百貨店は3店あったが、近鉄百貨店は家電量販のヨドバシに替わり、吉祥寺のランドマークでもあった伊勢丹は昨年3月に撤退し、跡地にはコピス吉祥寺というニューファミリー層をターゲットとしたSCへと生まれ変わった。百貨店業態は東急だけが残っている。このようにある意味大型流通は淘汰された街となっている。そうした街で成功すれば都内へと拡大するとした専門店ビジネスが多い。しかし、こうした新しい大型商業のなかに、旧商店街の一角に今なお毎日々行列ができる店がある。和菓子の小笹とさとうのめんちかつである。ベストセラー&ロングセラーという極めて稀な商店である。しかし、象徴的に言えばこの2店こそが吉祥寺の中心点の一つになっているということである。美味しさはいうまでもないが、ワンコイン的安さと懐かしい手作りの昔ながらの普通のお店である。もう一つの中心点は食でいうと、常に、新しい専門店や売り場をつくっている吉祥寺駅のSCアトレと東急百貨店のFoodShowで特別な食を提供、まさに新旧が混在した街となっている。住みたい街とはこうした混在する魅力のことである。吉祥寺を調べると分かるが、新しさだけでも、古さだけでも駄目であるということだ。中心となる新しさは何か、それはどこへ向かっているかの発見と共に、今なお毎日が行列となっている小笹やさとうのめんちかつのような慣れ親しんだ古さに中心を見出し大切にする、消費移動という変化を見据える複眼が必要な時代だ。(続く)
2011年08月21日
再び、デフレ時代のプロと素人
ヒット商品応援団日記No516(毎週更新) 2011.8.21.
随分前に、プロと素人との境目が無くなり、その違いを顧客に見極めてもらうことの難しさについてブログに書いたことがあった。この境目、国境を越えることを可能にしたのは情報であるが、例えばネット上にある膨大な情報の整理とガイド、それに基づく道具とテストトライという経験さえあればプロに近づくことは可能である。誰も指摘はしてはいないが、プロと素人の境いを、製造現場での科学や技術を研究開発することによって、あるクオリティを越えた成長業種が今日のファスト業態である。
私が住む街の駅高架下に出店した飲食店の一つに「大戸屋」がある。創業は東京池袋の大衆食堂であるが、私の大好きな飲食店の一つである。先日、ベテランと思われるホールスタッフに、以前あったメニュー「豆腐ハンバーグ」が何故なくなったのか聞いたことがあった。その時、そのスタッフは豆腐ハンバーグが無くなった理由は分からないと答えていたが、創業当時からのメニューで今なお残っているのは鳥の唐揚げ定食を含めわずか3メニューであると答えてくれた。そこまでちゃんと答えてくれる「確かさ」を評価するのだが、大衆食堂というプロフェッショナルの仕事の在り方に少しの危うさを感じる。
ファストフードとは、その言葉に表現されているように提供する「スピード」だけではない。その奥にあるプロとしての料理をいかに早く安く提供する(=結果としてのマス販売)経営業態である。私が指摘したいのは、早さの前の「大衆性」である。地方に旅すると分かるが、主要な駅前の食堂には和洋中100種類以上のメニューがある。まずい食堂もあるが、それでもその土地ならではの、メニューに巡り会うこともある。4月から上映されている「津軽百年食堂」ではないが、受け継がれる「何か」に巡り会う。受け継がれていく「何か」、それらを含め私たちは老舗と呼んできたが、食堂であれば大衆性、毎日食べても食べ飽きないプロの技のことである。
実は日本ほど老舗企業が今なお活動している国はない。創業200年以上の老舗企業ではだんとつ日本が1位で約3000社、2位がドイツで約800社、3位はオランドの約200社、米国は4位でわずか14社しかない。何故、日本だけが今なお生き残り活動しえているのであろうか。出口の見えない失われた20年と言われてきたが、グローバリズムの波、激烈な価格競争、そうした市場に生き残るためのヒントがここにある。
以前、世界で最古の会社である金剛組について書いたことがあった。創業1400年以上、聖徳太子の招聘で朝鮮半島の百済から来た3人の工匠の一人が創業したと言われ、日本書紀にも書かれている宮大工の会社である。何故、1400年以上も生き残ってきたのかである。
その金剛組であるが、最大の危機は明治維新で、廃仏毀釈の嵐が全国に吹き荒れ、寺社仏閣からの仕事依頼が激減した時だと言われている。明治政府が行った神仏分離令であるが、その意図を超えて廃仏運動へと全国へと広がり、有名な話では国宝に指定されている興福寺の五重塔が売りに出され薪にされようとしたほどの混乱であった。
更に試練は以降も続き、リーマンショック以降の大不況と同じように米国発の昭和恐慌の頃、仕事はほとんど無く、三十七代目はご先祖様に申し訳ないと割腹自殺を遂げている。何がそこまで駆り立てるのか、守り、継承させていくものは何か、老舗に学ぶ点はそこにある。今風に言えば、ブランド価値とは何か、プロフェッショナルとは何かということにもつながっている。
その金剛組の仕事であるが、宮大工という仕事はその出来上がった外形面からはできの善し悪しは分からない。200年後、300年後に建物を解体した時、初めてその技がわかるというものだ。見えない技、これが伝統と言えるのかも知れないが、見えないものであることを信じられる社会・風土、顧客が日本にあればこそ、世界最古の会社の存続を可能にしたと思う。
しかし、今日の情況はと言えば、「見える化」というキーワードが流行るように、膨大な情報のなかで、これでもかとパフォーマンスを高めることに注力しなければならない時代となっている。物やサービスの評価の前に情報競争に勝たなければ先に進むことが出来ないからだ。
いまどき「見えない力」などビジネスとして通用しない思われるかもしれない。しかし、今回の大震災の被災実態について専門的研究が進んでいる。そのなかに西暦869年の貞観津波との比較研究で、当時の大津波の浸水ラインには多くの神社があり、今回の大震災の津波にもほとんど被災していないという。勿論、今回の震災も神様が救ってくれたとは言わないが、過去・歴史という見えない世界、自然への畏れを先人達がその危うさを神社を通じて伝えようとしたことを自覚しなければならない。つまり、過去、歴史のなかに未来があるということだ。
ところで、その見える化、つまり今まで分かりやすくするために、何を見てきたのであろうかと疑念が湧いてくる。ここ数年見える化の中心はビジュアル化であった。しかし、3.11以降今までの「見える化」の底の浅さを誰もが実感する。
被災地に出かけた友人と会った折、岩手三陸海岸の被災地陸前高田を訪れた感想を聞いたが、複数の友人は一様に「ひどすぎる」とひとこと言ったまま、後は沈黙のみであった。言葉にならない、報道などの映像で分かったつもりでいた自分に戻り、本来あるべき感じ取る本能・五感を取り戻すことへと向かったということであろう。その衝撃の大きさ故、言葉にならないのだ。
よく「こだわり」と言うが、宮大工の世界まではいかなくても、「見えない」世界に執着することだ。その執着を私たちは修行と呼んできた。例えば、料理で言えば、基本の出汁は言うまでもないが、隠し味、隠し包丁、見えない工夫に執着することこそこだわりであろう。ファッションであれば、外面デザインだけでなく、素材や縫製更には裏地やボタン一つということになる。
今、プロは価格の波に洗われ苦境に立たされている。その理由は人の手をかけることによるコストアップであるが、価格は顧客が決めるのが原則であろう。過去そうであったからという理由で価格を決めてはならない。見えない世界を五感で見る顧客を今一度探し発見することだ。そして、私の好きな大戸屋で言えば、ファストフード業態にあって、創業時の「大衆食堂」の本質である「お腹いっぱい、しかも安く」は伝承されてはいるが、今は見えなくなってしまった「何か」、多様なメニュー揃えもその一つであるが、見えない損を承知で行うことを今一度取り戻すことだ。実は、日本人は忘れているが、世界が注目するクールジャパンの魅力はこの見えない世界にある。(続く)
随分前に、プロと素人との境目が無くなり、その違いを顧客に見極めてもらうことの難しさについてブログに書いたことがあった。この境目、国境を越えることを可能にしたのは情報であるが、例えばネット上にある膨大な情報の整理とガイド、それに基づく道具とテストトライという経験さえあればプロに近づくことは可能である。誰も指摘はしてはいないが、プロと素人の境いを、製造現場での科学や技術を研究開発することによって、あるクオリティを越えた成長業種が今日のファスト業態である。
私が住む街の駅高架下に出店した飲食店の一つに「大戸屋」がある。創業は東京池袋の大衆食堂であるが、私の大好きな飲食店の一つである。先日、ベテランと思われるホールスタッフに、以前あったメニュー「豆腐ハンバーグ」が何故なくなったのか聞いたことがあった。その時、そのスタッフは豆腐ハンバーグが無くなった理由は分からないと答えていたが、創業当時からのメニューで今なお残っているのは鳥の唐揚げ定食を含めわずか3メニューであると答えてくれた。そこまでちゃんと答えてくれる「確かさ」を評価するのだが、大衆食堂というプロフェッショナルの仕事の在り方に少しの危うさを感じる。
ファストフードとは、その言葉に表現されているように提供する「スピード」だけではない。その奥にあるプロとしての料理をいかに早く安く提供する(=結果としてのマス販売)経営業態である。私が指摘したいのは、早さの前の「大衆性」である。地方に旅すると分かるが、主要な駅前の食堂には和洋中100種類以上のメニューがある。まずい食堂もあるが、それでもその土地ならではの、メニューに巡り会うこともある。4月から上映されている「津軽百年食堂」ではないが、受け継がれる「何か」に巡り会う。受け継がれていく「何か」、それらを含め私たちは老舗と呼んできたが、食堂であれば大衆性、毎日食べても食べ飽きないプロの技のことである。
実は日本ほど老舗企業が今なお活動している国はない。創業200年以上の老舗企業ではだんとつ日本が1位で約3000社、2位がドイツで約800社、3位はオランドの約200社、米国は4位でわずか14社しかない。何故、日本だけが今なお生き残り活動しえているのであろうか。出口の見えない失われた20年と言われてきたが、グローバリズムの波、激烈な価格競争、そうした市場に生き残るためのヒントがここにある。
以前、世界で最古の会社である金剛組について書いたことがあった。創業1400年以上、聖徳太子の招聘で朝鮮半島の百済から来た3人の工匠の一人が創業したと言われ、日本書紀にも書かれている宮大工の会社である。何故、1400年以上も生き残ってきたのかである。
その金剛組であるが、最大の危機は明治維新で、廃仏毀釈の嵐が全国に吹き荒れ、寺社仏閣からの仕事依頼が激減した時だと言われている。明治政府が行った神仏分離令であるが、その意図を超えて廃仏運動へと全国へと広がり、有名な話では国宝に指定されている興福寺の五重塔が売りに出され薪にされようとしたほどの混乱であった。
更に試練は以降も続き、リーマンショック以降の大不況と同じように米国発の昭和恐慌の頃、仕事はほとんど無く、三十七代目はご先祖様に申し訳ないと割腹自殺を遂げている。何がそこまで駆り立てるのか、守り、継承させていくものは何か、老舗に学ぶ点はそこにある。今風に言えば、ブランド価値とは何か、プロフェッショナルとは何かということにもつながっている。
その金剛組の仕事であるが、宮大工という仕事はその出来上がった外形面からはできの善し悪しは分からない。200年後、300年後に建物を解体した時、初めてその技がわかるというものだ。見えない技、これが伝統と言えるのかも知れないが、見えないものであることを信じられる社会・風土、顧客が日本にあればこそ、世界最古の会社の存続を可能にしたと思う。
しかし、今日の情況はと言えば、「見える化」というキーワードが流行るように、膨大な情報のなかで、これでもかとパフォーマンスを高めることに注力しなければならない時代となっている。物やサービスの評価の前に情報競争に勝たなければ先に進むことが出来ないからだ。
いまどき「見えない力」などビジネスとして通用しない思われるかもしれない。しかし、今回の大震災の被災実態について専門的研究が進んでいる。そのなかに西暦869年の貞観津波との比較研究で、当時の大津波の浸水ラインには多くの神社があり、今回の大震災の津波にもほとんど被災していないという。勿論、今回の震災も神様が救ってくれたとは言わないが、過去・歴史という見えない世界、自然への畏れを先人達がその危うさを神社を通じて伝えようとしたことを自覚しなければならない。つまり、過去、歴史のなかに未来があるということだ。
ところで、その見える化、つまり今まで分かりやすくするために、何を見てきたのであろうかと疑念が湧いてくる。ここ数年見える化の中心はビジュアル化であった。しかし、3.11以降今までの「見える化」の底の浅さを誰もが実感する。
被災地に出かけた友人と会った折、岩手三陸海岸の被災地陸前高田を訪れた感想を聞いたが、複数の友人は一様に「ひどすぎる」とひとこと言ったまま、後は沈黙のみであった。言葉にならない、報道などの映像で分かったつもりでいた自分に戻り、本来あるべき感じ取る本能・五感を取り戻すことへと向かったということであろう。その衝撃の大きさ故、言葉にならないのだ。
よく「こだわり」と言うが、宮大工の世界まではいかなくても、「見えない」世界に執着することだ。その執着を私たちは修行と呼んできた。例えば、料理で言えば、基本の出汁は言うまでもないが、隠し味、隠し包丁、見えない工夫に執着することこそこだわりであろう。ファッションであれば、外面デザインだけでなく、素材や縫製更には裏地やボタン一つということになる。
今、プロは価格の波に洗われ苦境に立たされている。その理由は人の手をかけることによるコストアップであるが、価格は顧客が決めるのが原則であろう。過去そうであったからという理由で価格を決めてはならない。見えない世界を五感で見る顧客を今一度探し発見することだ。そして、私の好きな大戸屋で言えば、ファストフード業態にあって、創業時の「大衆食堂」の本質である「お腹いっぱい、しかも安く」は伝承されてはいるが、今は見えなくなってしまった「何か」、多様なメニュー揃えもその一つであるが、見えない損を承知で行うことを今一度取り戻すことだ。実は、日本人は忘れているが、世界が注目するクールジャパンの魅力はこの見えない世界にある。(続く)
2011年08月15日
コストパフォーマンスという物差し
ヒット商品応援団日記No515(毎週更新) 2011.8.15.
超円高という追い風を受けて、夏休みを急遽海外で過ごす人が多かったようだ。それでも昨年の海外旅行客の10%減と報道されているが、もし円高がなければここまでの需要が膨らむことはない。首都圏の海水浴客は激減し、茨城の海水浴場は昨年の10%程度だという。一方、都内のプールや水族館は満員状態となっている。
安近長というサマータイム夏期休暇も、「長」という時間を過ごすには安価であることが前提となる。そうした条件を満たして大人気なのが、食品工場の見学である。涼しい工場内を興味深く見学し、商品を食べ、しかもお土産まで付いてくる。今夏一番のコストパフォーマンスである。
こうしたコストパフォーマンスという物差しを持つようになったのは、恐らくその本格スタートはリーマンショックの前年の4年前からである。1997年をピークに右肩下がりの収入が家計を圧迫し、それを意識し具体的消費行動へと移すようになった時期、2007年である。その2007年はデフレが加速し、価格が注目された年度であった。日経MJのヒット商品番付には「デカ盛りフード(ガツン系)」、ソフトバンクの「ホワイトプラン」、マクドナルドを始めとした「地域価格」、GMSを始めとした「価格据え置きセール」といった商品が並んだ年度である。ちなみに2007年新語・流行語大賞に選ばれたのが「どげんかせんといかん」であった。時代の閉塞感は更に深刻化し、今日へと至る。
ライフスタイルの変化は、日常から、小さなことから、特に食から始まるというのが私の持論である。外食→中食→内食への傾向、別な表現を借りればセルフ化への進行である。勿論、食ばかりでなく、生活全体に対する傾向としてある。商品やサービスの厳選傾向は回数を減らす減選へと進み、そしてセルフに至る。そして、最近の消費キーワードとして言うならば、コストパフォーマンスはどうか、価格に見合う価値を持っているか、どこにでもある商品やサービスであれば、そのなかで一番安いものを購入する。生半可な違いや個性は価格に吸収されてしまう、そんな時代である。
この時期のマーケティングはパフォーマンスとしての価値を見極めることから始まる。例えば、廃刊が続くファッション女性誌にあってほとんど一人勝ち状態のスイート(宝島社)の今月号の付録は、若い女性に人気のANNA SUIのレザートートとなっている。ANNA SUIのレザートートに雑誌価格680円のコストパフォーマンスを女性達は見ているということである。付録に新しい価値を見出しているということである。
ブランド、あるいはファッション商品が売れていない訳ではない。以前のように新作が出る度に購入するといった消費ではなく、少し時期は遅れるがアウトレットで十分という顧客は多い。誰よりも早くという時間差に価値を見出していた時代から、30〜50%offに価値を見出しているということだ。ショップはショールームで、買うならネットかアウトレットというのがショッピングスタイルとなっている。コストパフォーマンスが物差しとなっているヒット商品はLED電球やHVカーを始め、今や主流となっているということだ。
ところで東京に住む人間には知られていることであるが、ここ数年住んでみたい街ランキングのNO1となっているのが吉祥寺である。JR中央線の吉祥寺駅を中心とした街であるが、自由が丘でもなく、最近開発された二子玉川でもない。住んでみたい理由であるが、「徒歩圏で何でも揃う」、「都心への通勤が便利で、自然も豊かである」ということであるが、吉祥寺の街を歩くと分かるが、古くからの商店と新しい大型商業施設が混在し、極めて賑わいのある街である。前者の代表が戦前からのハーモニカ横丁であり、商店でいうと行列が途切れることのないメンチカツのサトーと羊羹の小笹である。後者はと言えば東急百貨店や家電量販のヨドバシ、パルコ、一年程前にできたコピスというSCもある・・・・周辺には洒落た雑貨店やカフェのある街となっている。生活しやすさとは、日常はつつましく、でも時に華やかでありたい、そんな選択肢が多種多様にあるのが吉祥寺である。つまり、こうした多様さに価値を見出す時代になったということである。そうした意味で、吉祥寺はコストパフォーマンスの高い街と言えよう。
価格に見合う価値は何か、一見低価格競争のように見える競争もこうした価値競争のことである。そして、その価値の厳密さが問われている。今までは使い切りサイズのように無駄のない在り方をコストパフォーマンスが高いとしてきたが、表現は悪いが「価値ある無駄」を時に取り入れるようなことも少しは消費の舞台に出てくる。その代表的商品は代々受け継がれてきた技、伝承される美意識、勿論他には無い固有の文化型商品である。ただ、そうした美意識のもとでの技が伝統工芸品や美術品として創られる場合、往々にして高額になり期待するパフォーマンスに見合わない価格となる。例えば、日常使用されるような、身近で使いやすい商品にそうした技をもって商品化する。マス生産は難しいとは思うが、コストを抑えることは可能である。これもまた、価格に見合う新しい価値の創造である。(続く)
超円高という追い風を受けて、夏休みを急遽海外で過ごす人が多かったようだ。それでも昨年の海外旅行客の10%減と報道されているが、もし円高がなければここまでの需要が膨らむことはない。首都圏の海水浴客は激減し、茨城の海水浴場は昨年の10%程度だという。一方、都内のプールや水族館は満員状態となっている。
安近長というサマータイム夏期休暇も、「長」という時間を過ごすには安価であることが前提となる。そうした条件を満たして大人気なのが、食品工場の見学である。涼しい工場内を興味深く見学し、商品を食べ、しかもお土産まで付いてくる。今夏一番のコストパフォーマンスである。
こうしたコストパフォーマンスという物差しを持つようになったのは、恐らくその本格スタートはリーマンショックの前年の4年前からである。1997年をピークに右肩下がりの収入が家計を圧迫し、それを意識し具体的消費行動へと移すようになった時期、2007年である。その2007年はデフレが加速し、価格が注目された年度であった。日経MJのヒット商品番付には「デカ盛りフード(ガツン系)」、ソフトバンクの「ホワイトプラン」、マクドナルドを始めとした「地域価格」、GMSを始めとした「価格据え置きセール」といった商品が並んだ年度である。ちなみに2007年新語・流行語大賞に選ばれたのが「どげんかせんといかん」であった。時代の閉塞感は更に深刻化し、今日へと至る。
ライフスタイルの変化は、日常から、小さなことから、特に食から始まるというのが私の持論である。外食→中食→内食への傾向、別な表現を借りればセルフ化への進行である。勿論、食ばかりでなく、生活全体に対する傾向としてある。商品やサービスの厳選傾向は回数を減らす減選へと進み、そしてセルフに至る。そして、最近の消費キーワードとして言うならば、コストパフォーマンスはどうか、価格に見合う価値を持っているか、どこにでもある商品やサービスであれば、そのなかで一番安いものを購入する。生半可な違いや個性は価格に吸収されてしまう、そんな時代である。
この時期のマーケティングはパフォーマンスとしての価値を見極めることから始まる。例えば、廃刊が続くファッション女性誌にあってほとんど一人勝ち状態のスイート(宝島社)の今月号の付録は、若い女性に人気のANNA SUIのレザートートとなっている。ANNA SUIのレザートートに雑誌価格680円のコストパフォーマンスを女性達は見ているということである。付録に新しい価値を見出しているということである。
ブランド、あるいはファッション商品が売れていない訳ではない。以前のように新作が出る度に購入するといった消費ではなく、少し時期は遅れるがアウトレットで十分という顧客は多い。誰よりも早くという時間差に価値を見出していた時代から、30〜50%offに価値を見出しているということだ。ショップはショールームで、買うならネットかアウトレットというのがショッピングスタイルとなっている。コストパフォーマンスが物差しとなっているヒット商品はLED電球やHVカーを始め、今や主流となっているということだ。
ところで東京に住む人間には知られていることであるが、ここ数年住んでみたい街ランキングのNO1となっているのが吉祥寺である。JR中央線の吉祥寺駅を中心とした街であるが、自由が丘でもなく、最近開発された二子玉川でもない。住んでみたい理由であるが、「徒歩圏で何でも揃う」、「都心への通勤が便利で、自然も豊かである」ということであるが、吉祥寺の街を歩くと分かるが、古くからの商店と新しい大型商業施設が混在し、極めて賑わいのある街である。前者の代表が戦前からのハーモニカ横丁であり、商店でいうと行列が途切れることのないメンチカツのサトーと羊羹の小笹である。後者はと言えば東急百貨店や家電量販のヨドバシ、パルコ、一年程前にできたコピスというSCもある・・・・周辺には洒落た雑貨店やカフェのある街となっている。生活しやすさとは、日常はつつましく、でも時に華やかでありたい、そんな選択肢が多種多様にあるのが吉祥寺である。つまり、こうした多様さに価値を見出す時代になったということである。そうした意味で、吉祥寺はコストパフォーマンスの高い街と言えよう。
価格に見合う価値は何か、一見低価格競争のように見える競争もこうした価値競争のことである。そして、その価値の厳密さが問われている。今までは使い切りサイズのように無駄のない在り方をコストパフォーマンスが高いとしてきたが、表現は悪いが「価値ある無駄」を時に取り入れるようなことも少しは消費の舞台に出てくる。その代表的商品は代々受け継がれてきた技、伝承される美意識、勿論他には無い固有の文化型商品である。ただ、そうした美意識のもとでの技が伝統工芸品や美術品として創られる場合、往々にして高額になり期待するパフォーマンスに見合わない価格となる。例えば、日常使用されるような、身近で使いやすい商品にそうした技をもって商品化する。マス生産は難しいとは思うが、コストを抑えることは可能である。これもまた、価格に見合う新しい価値の創造である。(続く)
2011年08月09日
多極多様がせめぎあう世界
ヒット商品応援団日記No514(毎週更新) 2011.8.9.
今なお被災地では日常を取り戻せてはいないが、首都圏の都市生活者はその消費を見ても分かるように日常へと戻って来た。3.11から5ヶ月近くになろうとしているが、日常に戻るのと併行し周りを見渡すと世界はその変貌の度合いを更に強めていることが実感される。
米国債のデフォルト(債務不履行)をテーマに米国内の政局が注目され、結果は周知の通り民主・共和と政府との間で妥協がなされこれで一段落かと思ったが、やはり米国経済は予想通り悪いということが米国債の格下げにも見られるようにはっきりした。結果、ドル安・円高基調は変わず、しかも世界株安となった。ギリシャを筆頭に欧州もそうであるが、3年近く前のリーマンショックはまだまだ続いている。東日本大震災の情報に埋もれてしまっていたが、北アフリカから始まった旧体制への変革の波は今なお続いており、シリアでは反体制派と政府との間の衝突で多くの死者が出ている。世界の政治も、経済も、多極化という不安定さは変わらない。
少し前に震災復興担当大臣が暴言を吐いたとして辞任したが、その辞任は当然ではあるが、村井宮城県知事に対し宮城県の漁業再生のための特区構想について漁業関係者間の異なる意見調整をするようにとの会話が報道されていた。暴言ばかりが報道されていたが、実はこれからの漁業をどうすべきか、大きな問題提起をしていた。一言で言えば、競争力のある漁業とするために大手資本の進出を認め、産業として漁業を育成するのが特区構想の狙いである。つまり、津波によって船を失った漁業者は会社組織のサラリーマン漁師になるということである。一方、零細ではあるが、代々続けてきた沿岸漁業をいち早く始めることを復興の狙いとする漁業者もいる。漁業は生活の糧ではあるが、それは単なる収入だけの問題ではなく、生活そのもの、更には生きざまとして考えている。全てを奪い去った海に対し、憎いが海にまた出るとコメントした漁師がいたが、まさに生き方そのものである。
このことは漁業だけではない。農業も全く同様の問題を抱えている。結論から言えば、産業としての大規模農業を志向するのか、それとも特にお米の自給率を保持する為に他国と同様に一定の農家支援策のもとで農業を続けていくのか。しかし、漁業と同様に農業もまた後継者不足で耕作放棄地の問題は周知の通りである。この膨大な耕作放棄地をソーラーパネルで覆い尽くし、太陽光という再生エネルギー発電事業を立ち上げようとしているのが、あの孫正義氏である。
そのエネルギー政策であるが、このブログでも取り上げたが、自然エネルギーを巧みに取り入れた地方自治体もある。大分県では地熱エネルギーを主として25.24%を占め、小水力発電を主とした富山県では16.76%を自然エネルギーが占めている。ちなみに、東京はと言えば、わずか0.21%である。
福島原発事故によって、放射能汚染は直接・間接全国へと広がり、今なお被曝は続いている。そうした実態を見るにつけ、感情的には脱原発に向かうのが自然であるが、例えば先の漁業を産業として育成していくのか、それとも良き生活文化としてもその固有性を生かしていくのか、経済の効率、合理性といった同様の判断が求められている。いや、原発の問題はそれ以前に、善かれ悪しかれ地域経済に組み込まれている電源三法をどうするのか議論しなければならない。既に、あの南相馬市の桜井市長は、電源三法交付金を辞退すると発表した。受け取る市町村と辞退する市町村が出てきたということだ。どんな生き方をするのか、地域もまた多様である。
ところで、私は経済の専門家ではないが、日本の製造業はトヨタ方式と呼ばれる在庫を持たないサプライチェーンというシステムによって、更に安価なエネルギーのもとで、唯一国内生産・輸出産業を成立させてきた。ちょうど、日立製作所がTVの自社生産を止め、台湾企業に委託すると発表があったが、マザーファクトリーと呼ばれるように研究開発や人材開発といった先進技術を産み出す母なる工場は国内に持ったとしても、ライン生産の工場は海外へと移転される。つまり、否応無く更なる空洞化が進むということである。バブル崩壊後1990年代半ば、中小企業もこぞって中国や東南アジアに生産拠点を移したが、これを第一次産業転換と呼ぶならば、3.11を一つの契機とした空洞化・海外移転は第二次グローバル市場に向き合う本格的な産業の転換点となる。
話は変わるが、7年程前好きな沖縄に行き、地元の人達と話をしたことがあった。沖縄本島の南端糸満は漁師海人の町であると聞いていた。沖縄に行けば必ず食べる沖縄そばには必ずかまぼこが入っている。このかまぼこのほとんどの製造が糸満で行われている。かまぼこの材料となる魚はぐるくんという県を代表する小さな魚である。ところが、原材料となる魚のすりみはベトナムからの輸入であると聞いた。海人の後継者がいないうえに、漁のコストに見合う価格で取引できないという。その時感じたのは、日本全国隅々グローバリズムの波が押し寄せていると。
パラダイムチェンジ、価値観の転換が始まると書いてきたが、失われた20年と言われ続けて来た日本の構造、経済、社会、勿論政治もであるが、それら構造の転換が3.11によって進んでいく。トヨタやソニーといったグローバル企業はそのグローバルさを更に進化させていくであろうし、一方岩手三陸の漁師のように再び小船に乗りわかめ採りに出かける漁業がある。
私の考えはこうだ。両方あって良い、両方あるからこそクールジャパンと呼ばれるのだ。来年5月にオープンするスカイツリーが注目されているが、浅草雷門に立てば、スカイツリーを借景とした浅草寺もなかなかいいものである。戦後の復興がそうであったように、既成というがれきの山に立ち、第一歩を踏み出そうとしている。衝突・混乱は必至であるが、避けて通ることはできない。恐らく際限のない不安定さ、不確実さ、瀬戸内寂聴さんの言う無常、常ならずという時間は当分の間続く。(続く)
今なお被災地では日常を取り戻せてはいないが、首都圏の都市生活者はその消費を見ても分かるように日常へと戻って来た。3.11から5ヶ月近くになろうとしているが、日常に戻るのと併行し周りを見渡すと世界はその変貌の度合いを更に強めていることが実感される。
米国債のデフォルト(債務不履行)をテーマに米国内の政局が注目され、結果は周知の通り民主・共和と政府との間で妥協がなされこれで一段落かと思ったが、やはり米国経済は予想通り悪いということが米国債の格下げにも見られるようにはっきりした。結果、ドル安・円高基調は変わず、しかも世界株安となった。ギリシャを筆頭に欧州もそうであるが、3年近く前のリーマンショックはまだまだ続いている。東日本大震災の情報に埋もれてしまっていたが、北アフリカから始まった旧体制への変革の波は今なお続いており、シリアでは反体制派と政府との間の衝突で多くの死者が出ている。世界の政治も、経済も、多極化という不安定さは変わらない。
少し前に震災復興担当大臣が暴言を吐いたとして辞任したが、その辞任は当然ではあるが、村井宮城県知事に対し宮城県の漁業再生のための特区構想について漁業関係者間の異なる意見調整をするようにとの会話が報道されていた。暴言ばかりが報道されていたが、実はこれからの漁業をどうすべきか、大きな問題提起をしていた。一言で言えば、競争力のある漁業とするために大手資本の進出を認め、産業として漁業を育成するのが特区構想の狙いである。つまり、津波によって船を失った漁業者は会社組織のサラリーマン漁師になるということである。一方、零細ではあるが、代々続けてきた沿岸漁業をいち早く始めることを復興の狙いとする漁業者もいる。漁業は生活の糧ではあるが、それは単なる収入だけの問題ではなく、生活そのもの、更には生きざまとして考えている。全てを奪い去った海に対し、憎いが海にまた出るとコメントした漁師がいたが、まさに生き方そのものである。
このことは漁業だけではない。農業も全く同様の問題を抱えている。結論から言えば、産業としての大規模農業を志向するのか、それとも特にお米の自給率を保持する為に他国と同様に一定の農家支援策のもとで農業を続けていくのか。しかし、漁業と同様に農業もまた後継者不足で耕作放棄地の問題は周知の通りである。この膨大な耕作放棄地をソーラーパネルで覆い尽くし、太陽光という再生エネルギー発電事業を立ち上げようとしているのが、あの孫正義氏である。
そのエネルギー政策であるが、このブログでも取り上げたが、自然エネルギーを巧みに取り入れた地方自治体もある。大分県では地熱エネルギーを主として25.24%を占め、小水力発電を主とした富山県では16.76%を自然エネルギーが占めている。ちなみに、東京はと言えば、わずか0.21%である。
福島原発事故によって、放射能汚染は直接・間接全国へと広がり、今なお被曝は続いている。そうした実態を見るにつけ、感情的には脱原発に向かうのが自然であるが、例えば先の漁業を産業として育成していくのか、それとも良き生活文化としてもその固有性を生かしていくのか、経済の効率、合理性といった同様の判断が求められている。いや、原発の問題はそれ以前に、善かれ悪しかれ地域経済に組み込まれている電源三法をどうするのか議論しなければならない。既に、あの南相馬市の桜井市長は、電源三法交付金を辞退すると発表した。受け取る市町村と辞退する市町村が出てきたということだ。どんな生き方をするのか、地域もまた多様である。
ところで、私は経済の専門家ではないが、日本の製造業はトヨタ方式と呼ばれる在庫を持たないサプライチェーンというシステムによって、更に安価なエネルギーのもとで、唯一国内生産・輸出産業を成立させてきた。ちょうど、日立製作所がTVの自社生産を止め、台湾企業に委託すると発表があったが、マザーファクトリーと呼ばれるように研究開発や人材開発といった先進技術を産み出す母なる工場は国内に持ったとしても、ライン生産の工場は海外へと移転される。つまり、否応無く更なる空洞化が進むということである。バブル崩壊後1990年代半ば、中小企業もこぞって中国や東南アジアに生産拠点を移したが、これを第一次産業転換と呼ぶならば、3.11を一つの契機とした空洞化・海外移転は第二次グローバル市場に向き合う本格的な産業の転換点となる。
話は変わるが、7年程前好きな沖縄に行き、地元の人達と話をしたことがあった。沖縄本島の南端糸満は漁師海人の町であると聞いていた。沖縄に行けば必ず食べる沖縄そばには必ずかまぼこが入っている。このかまぼこのほとんどの製造が糸満で行われている。かまぼこの材料となる魚はぐるくんという県を代表する小さな魚である。ところが、原材料となる魚のすりみはベトナムからの輸入であると聞いた。海人の後継者がいないうえに、漁のコストに見合う価格で取引できないという。その時感じたのは、日本全国隅々グローバリズムの波が押し寄せていると。
パラダイムチェンジ、価値観の転換が始まると書いてきたが、失われた20年と言われ続けて来た日本の構造、経済、社会、勿論政治もであるが、それら構造の転換が3.11によって進んでいく。トヨタやソニーといったグローバル企業はそのグローバルさを更に進化させていくであろうし、一方岩手三陸の漁師のように再び小船に乗りわかめ採りに出かける漁業がある。
私の考えはこうだ。両方あって良い、両方あるからこそクールジャパンと呼ばれるのだ。来年5月にオープンするスカイツリーが注目されているが、浅草雷門に立てば、スカイツリーを借景とした浅草寺もなかなかいいものである。戦後の復興がそうであったように、既成というがれきの山に立ち、第一歩を踏み出そうとしている。衝突・混乱は必至であるが、避けて通ることはできない。恐らく際限のない不安定さ、不確実さ、瀬戸内寂聴さんの言う無常、常ならずという時間は当分の間続く。(続く)
2011年07月29日
自己防衛市場の更なる拡大
ヒット商品応援団日記No513(毎週更新) 2011.7.29.
福島原発事故による放射能汚染が稲藁を通じ汚染牛肉となって全国へと拡散している。3月の水素爆発による放射能拡散の実態をスピーディによる汚染地域情報として公開すべきであったことがかえすがえす悔やまれる。「安全です」と言い続けてきた政府・東電の情報がいかに嘘であったか、その後の被害の甚大さを考えてもその責務ははかりしれない。初動を間違えるとこのような結果となる。畜産農家も、漁業者も、福島県民も、あるいは全国の消費者も、その被害者である。
ほうれん草といった葉もの野菜から始まり、茨城沖の魚や川魚、神奈川の茶葉・・・・・広がる汚染は稲藁を通じて牛肉まで汚染が広がり、東京のみならず不安は全国へと拡散した。稲藁ばかりでなく、腐葉土や堆肥などからも基準値を超えるセシウムが検出されており、ベランダにまで定着した家庭菜園であるが、そこまで汚染の影響がでてきた。3月のブログにも書いたが、残念だが汚染は空気だけでなく、水、土も汚染されており、それらを通じて全国へと広がりを見せている。
以前、中国での農薬汚染が問題になった時、イトーヨーカドーを始め大手の流通は自主検査体制を整えたが、やっと放射能汚染に対しても安全が担保できる検査体制が整ったようだ。今回の牛肉汚染に対し、畜産農家も地方自治体も独自に全頭検査の実施を志向している。これも全て安全を求める自己防衛策であろう。
一方、消費する側にも以前私が指摘した自己防衛策、停電時に備えた家庭用蓄電池や防災グッズの代用となるアウトドア商品、こうした商品が売れているとブログにも書いた。そして、アウトドア用品ばかりか、震災に備える意味も含めキャンピングカーまでもが売れている。節電対策として衣料を始めとした涼感商品が売れているが、更に夏場を迎え火を使わない食品が売れている。通年夏場は揚げ物やフライものといったお惣菜が売れるのだが、今年は通年以上に売れている。更に、賞味期限の長い日持ちする商品が売れていると言う。ソーセージなどがその代表であるが、従来日配品と言われてきた牛乳やお豆腐にも賞味期限の長い新商品が出てきた。こうした商品以外にも、レトルト食品や缶詰も再認識されている。
つまり、常に鮮度・新しさを追いかけてきた消費は、何かが起きた時の備えにもなる、そうした防衛意識の働いた商品へと消費移行が始まっている。この傾向は2ヶ月程前に起きた富山の焼き肉店のユッケによる食中毒事件も影響している。以前であれば、新しさと変化を求めた鮮度型商品を買い求めたが、今は極力買うのを控えるという傾向が出てきた。節電ばかりか、無駄にならない商品、ストック型商品へと移行し始めているということだ。5〜6年前、未だ十分食べられる食品が年間2000万トン以上も廃棄されている実態に注目が集まったが、恐らく今や四分の一以下の廃棄となっているであろう。
食に顕著に表れた自己防衛市場の主要な変化は以上であるが、6月度の百貨店協会の発表にもあるように、高額商品も動き始め、東京地区の売上では震災後初めて昨年同月比がプラス(0.4%)に転じた。ところで、既に学生を始め夏休みに入ったが、残念ながら茨城といった海辺の行楽地は昨年と比較し激減しているという。一方、都内のプールは大盛況となっている。以前にもブログに書いたが、行楽には不安要素が0であることが大前提である。不安を抱えた行楽等あり得ない。
戦乱の世を終えた江戸時代中期、江戸を中心に五街道が整備され、平和気分が横溢し一大旅ブームが起きた。なかでも、お伊勢参りには多くの庶民が旅をした。特に、1830年のお陰参りには500万人もの人がお参りしたと言われている。当時の日本の人口が3000万人ほどであったから、6人に1人が伊勢に旅をしたことになる。これも不安の無い平和な時代であればこそである。
さて今年の夏休みの過ごし方であるが、都内のホテルはファミリーで盛況となる。また、安全が担保されている沖縄や円高を利用した海外へと向かうであろう。これも自己防衛的夏休みの過ごし方である。
話は戻るが、茨城の海水浴場では勿論のこと放射能汚染については毎日海辺や海水を線量計で測り、その安全性を情報公開しているが、残念ながら安心へと再びクールジャパンへと至るには多くの時間を必要とする。これは風評被害といったことではない。不安は政府・東電への不信の裏返しであり、3.11以降のていたらくさは心理の奥底に強く刻まれている。その不安心理を除去するには、いささか政治的になるが、汚染された土壌と共に汚染された情報をまき散らした現政権をキレイに除染することだ。つまり、汚染を隠し今日に至らせた現政権がいち早く変わることだ。少し前の共同通信の世論調査にも出ていたが、まずは70%もの人が管政権には早く辞めてもらうことと答えている。しかし、野党である自民党への支持率が民主党を超えたとはいえ、圧倒的な支持に向かってはいないことがこのことを明確に示している。新しい政権のもと、福島を始めとした北関東や東北といった地域の汚染除去に徹底して取り組むこと。更には宮城や岩手の遅れに遅れた復旧に取り組んでもらうことだ。
安全を確保するために、生産者も、流通も、地方自治体も独自な検査体制とその情報公開へと進んでいる。生活者も同様に自己防衛消費へと大きく舵をとった。(続く) 続きを読む
福島原発事故による放射能汚染が稲藁を通じ汚染牛肉となって全国へと拡散している。3月の水素爆発による放射能拡散の実態をスピーディによる汚染地域情報として公開すべきであったことがかえすがえす悔やまれる。「安全です」と言い続けてきた政府・東電の情報がいかに嘘であったか、その後の被害の甚大さを考えてもその責務ははかりしれない。初動を間違えるとこのような結果となる。畜産農家も、漁業者も、福島県民も、あるいは全国の消費者も、その被害者である。
ほうれん草といった葉もの野菜から始まり、茨城沖の魚や川魚、神奈川の茶葉・・・・・広がる汚染は稲藁を通じて牛肉まで汚染が広がり、東京のみならず不安は全国へと拡散した。稲藁ばかりでなく、腐葉土や堆肥などからも基準値を超えるセシウムが検出されており、ベランダにまで定着した家庭菜園であるが、そこまで汚染の影響がでてきた。3月のブログにも書いたが、残念だが汚染は空気だけでなく、水、土も汚染されており、それらを通じて全国へと広がりを見せている。
以前、中国での農薬汚染が問題になった時、イトーヨーカドーを始め大手の流通は自主検査体制を整えたが、やっと放射能汚染に対しても安全が担保できる検査体制が整ったようだ。今回の牛肉汚染に対し、畜産農家も地方自治体も独自に全頭検査の実施を志向している。これも全て安全を求める自己防衛策であろう。
一方、消費する側にも以前私が指摘した自己防衛策、停電時に備えた家庭用蓄電池や防災グッズの代用となるアウトドア商品、こうした商品が売れているとブログにも書いた。そして、アウトドア用品ばかりか、震災に備える意味も含めキャンピングカーまでもが売れている。節電対策として衣料を始めとした涼感商品が売れているが、更に夏場を迎え火を使わない食品が売れている。通年夏場は揚げ物やフライものといったお惣菜が売れるのだが、今年は通年以上に売れている。更に、賞味期限の長い日持ちする商品が売れていると言う。ソーセージなどがその代表であるが、従来日配品と言われてきた牛乳やお豆腐にも賞味期限の長い新商品が出てきた。こうした商品以外にも、レトルト食品や缶詰も再認識されている。
つまり、常に鮮度・新しさを追いかけてきた消費は、何かが起きた時の備えにもなる、そうした防衛意識の働いた商品へと消費移行が始まっている。この傾向は2ヶ月程前に起きた富山の焼き肉店のユッケによる食中毒事件も影響している。以前であれば、新しさと変化を求めた鮮度型商品を買い求めたが、今は極力買うのを控えるという傾向が出てきた。節電ばかりか、無駄にならない商品、ストック型商品へと移行し始めているということだ。5〜6年前、未だ十分食べられる食品が年間2000万トン以上も廃棄されている実態に注目が集まったが、恐らく今や四分の一以下の廃棄となっているであろう。
食に顕著に表れた自己防衛市場の主要な変化は以上であるが、6月度の百貨店協会の発表にもあるように、高額商品も動き始め、東京地区の売上では震災後初めて昨年同月比がプラス(0.4%)に転じた。ところで、既に学生を始め夏休みに入ったが、残念ながら茨城といった海辺の行楽地は昨年と比較し激減しているという。一方、都内のプールは大盛況となっている。以前にもブログに書いたが、行楽には不安要素が0であることが大前提である。不安を抱えた行楽等あり得ない。
戦乱の世を終えた江戸時代中期、江戸を中心に五街道が整備され、平和気分が横溢し一大旅ブームが起きた。なかでも、お伊勢参りには多くの庶民が旅をした。特に、1830年のお陰参りには500万人もの人がお参りしたと言われている。当時の日本の人口が3000万人ほどであったから、6人に1人が伊勢に旅をしたことになる。これも不安の無い平和な時代であればこそである。
さて今年の夏休みの過ごし方であるが、都内のホテルはファミリーで盛況となる。また、安全が担保されている沖縄や円高を利用した海外へと向かうであろう。これも自己防衛的夏休みの過ごし方である。
話は戻るが、茨城の海水浴場では勿論のこと放射能汚染については毎日海辺や海水を線量計で測り、その安全性を情報公開しているが、残念ながら安心へと再びクールジャパンへと至るには多くの時間を必要とする。これは風評被害といったことではない。不安は政府・東電への不信の裏返しであり、3.11以降のていたらくさは心理の奥底に強く刻まれている。その不安心理を除去するには、いささか政治的になるが、汚染された土壌と共に汚染された情報をまき散らした現政権をキレイに除染することだ。つまり、汚染を隠し今日に至らせた現政権がいち早く変わることだ。少し前の共同通信の世論調査にも出ていたが、まずは70%もの人が管政権には早く辞めてもらうことと答えている。しかし、野党である自民党への支持率が民主党を超えたとはいえ、圧倒的な支持に向かってはいないことがこのことを明確に示している。新しい政権のもと、福島を始めとした北関東や東北といった地域の汚染除去に徹底して取り組むこと。更には宮城や岩手の遅れに遅れた復旧に取り組んでもらうことだ。
安全を確保するために、生産者も、流通も、地方自治体も独自な検査体制とその情報公開へと進んでいる。生活者も同様に自己防衛消費へと大きく舵をとった。(続く) 続きを読む
2011年07月29日
自己防衛市場の更なる拡大
ヒット商品応援団日記No513(毎週更新) 2011.7.29.
福島原発事故による放射能汚染が稲藁を通じ汚染牛肉となって全国へと拡散している。3月の水素爆発による放射能拡散の実態をスピーディによる汚染地域情報として公開すべきであったことがかえすがえす悔やまれる。「安全です」と言い続けてきた政府・東電の情報がいかに嘘であったか、その後の被害の甚大さを考えてもその責務ははかりしれない。初動を間違えるとこのような結果となる。畜産農家も、漁業者も、福島県民も、あるいは全国の消費者も、その被害者である。
ほうれん草といった葉もの野菜から始まり、茨城沖の魚や川魚、神奈川の茶葉・・・・・広がる汚染は稲藁を通じて牛肉まで汚染が広がり、東京のみならず不安は全国へと拡散した。稲藁ばかりでなく、腐葉土や堆肥などからも基準値を超えるセシウムが検出されており、ベランダにまで定着した家庭菜園であるが、そこまで汚染の影響がでてきた。3月のブログにも書いたが、残念だが汚染は空気だけでなく、水、土も汚染されており、それらを通じて全国へと広がりを見せている。
以前、中国での農薬汚染が問題になった時、イトーヨーカドーを始め大手の流通は自主検査体制を整えたが、やっと放射能汚染に対しても安全が担保できる検査体制が整ったようだ。今回の牛肉汚染に対し、畜産農家も地方自治体も独自に全頭検査の実施を志向している。これも全て安全を求める自己防衛策であろう。
一方、消費する側にも以前私が指摘した自己防衛策、停電時に備えた家庭用蓄電池や防災グッズの代用となるアウトドア商品、こうした商品が売れているとブログにも書いた。そして、アウトドア用品ばかりか、震災に備える意味も含めキャンピングカーまでもが売れている。節電対策として衣料を始めとした涼感商品が売れているが、更に夏場を迎え火を使わない食品が売れている。通年夏場は揚げ物やフライものといったお惣菜が売れるのだが、今年は通年以上に売れている。更に、賞味期限の長い日持ちする商品が売れていると言う。ソーセージなどがその代表であるが、従来日配品と言われてきた牛乳やお豆腐にも賞味期限の長い新商品が出てきた。こうした商品以外にも、レトルト食品や缶詰も再認識されている。
つまり、常に鮮度・新しさを追いかけてきた消費は、何かが起きた時の備えにもなる、そうした防衛意識の働いた商品へと消費移行が始まっている。この傾向は2ヶ月程前に起きた富山の焼き肉店のユッケによる食中毒事件も影響している。以前であれば、新しさと変化を求めた鮮度型商品を買い求めたが、今は極力買うのを控えるという傾向が出てきた。節電ばかりか、無駄にならない商品、ストック型商品へと移行し始めているということだ。5〜6年前、未だ十分食べられる食品が年間2000万トン以上も廃棄されている実態に注目が集まったが、恐らく今や四分の一以下の廃棄となっているであろう。
食に顕著に表れた自己防衛市場の主要な変化は以上であるが、6月度の百貨店協会の発表にもあるように、高額商品も動き始め、東京地区の売上では震災後初めて昨年同月比がプラス(0.4%)に転じた。ところで、既に学生を始め夏休みに入ったが、残念ながら茨城といった海辺の行楽地は昨年と比較し激減しているという。一方、都内のプールは大盛況となっている。以前にもブログに書いたが、行楽には不安要素が0であることが大前提である。不安を抱えた行楽等あり得ない。
戦乱の世を終えた江戸時代中期、江戸を中心に五街道が整備され、平和気分が横溢し一大旅ブームが起きた。なかでも、お伊勢参りには多くの庶民が旅をした。特に、1830年のお陰参りには500万人もの人がお参りしたと言われている。当時の日本の人口が3000万人ほどであったから、6人に1人が伊勢に旅をしたことになる。これも不安の無い平和な時代であればこそである。
さて今年の夏休みの過ごし方であるが、都内のホテルはファミリーで盛況となる。また、安全が担保されている沖縄や円高を利用した海外へと向かうであろう。これも自己防衛的夏休みの過ごし方である。
話は戻るが、茨城の海水浴場では勿論のこと放射能汚染については毎日海辺や海水を線量計で測り、その安全性を情報公開しているが、残念ながら安心へと再びクールジャパンへと至るには多くの時間を必要とする。これは風評被害といったことではない。不安は政府・東電への不信の裏返しであり、3.11以降のていたらくさは心理の奥底に強く刻まれている。その不安心理を除去するには、いささか政治的になるが、汚染された土壌と共に汚染された情報をまき散らした現政権をキレイに除染することだ。つまり、汚染を隠し今日に至らせた現政権がいち早く変わることだ。少し前の共同通信の世論調査にも出ていたが、まずは70%もの人が管政権には早く辞めてもらうことと答えている。しかし、野党である自民党への支持率が民主党を超えたとはいえ、圧倒的な支持に向かってはいないことがこのことを明確に示している。新しい政権のもと、福島を始めとした北関東や東北といった地域の汚染除去に徹底して取り組むこと。更には宮城や岩手の遅れに遅れた復旧に取り組んでもらうことだ。
安全を確保するために、生産者も、流通も、地方自治体も独自な検査体制とその情報公開へと進んでいる。生活者も同様に自己防衛消費へと大きく舵をとった。(続く)
福島原発事故による放射能汚染が稲藁を通じ汚染牛肉となって全国へと拡散している。3月の水素爆発による放射能拡散の実態をスピーディによる汚染地域情報として公開すべきであったことがかえすがえす悔やまれる。「安全です」と言い続けてきた政府・東電の情報がいかに嘘であったか、その後の被害の甚大さを考えてもその責務ははかりしれない。初動を間違えるとこのような結果となる。畜産農家も、漁業者も、福島県民も、あるいは全国の消費者も、その被害者である。
ほうれん草といった葉もの野菜から始まり、茨城沖の魚や川魚、神奈川の茶葉・・・・・広がる汚染は稲藁を通じて牛肉まで汚染が広がり、東京のみならず不安は全国へと拡散した。稲藁ばかりでなく、腐葉土や堆肥などからも基準値を超えるセシウムが検出されており、ベランダにまで定着した家庭菜園であるが、そこまで汚染の影響がでてきた。3月のブログにも書いたが、残念だが汚染は空気だけでなく、水、土も汚染されており、それらを通じて全国へと広がりを見せている。
以前、中国での農薬汚染が問題になった時、イトーヨーカドーを始め大手の流通は自主検査体制を整えたが、やっと放射能汚染に対しても安全が担保できる検査体制が整ったようだ。今回の牛肉汚染に対し、畜産農家も地方自治体も独自に全頭検査の実施を志向している。これも全て安全を求める自己防衛策であろう。
一方、消費する側にも以前私が指摘した自己防衛策、停電時に備えた家庭用蓄電池や防災グッズの代用となるアウトドア商品、こうした商品が売れているとブログにも書いた。そして、アウトドア用品ばかりか、震災に備える意味も含めキャンピングカーまでもが売れている。節電対策として衣料を始めとした涼感商品が売れているが、更に夏場を迎え火を使わない食品が売れている。通年夏場は揚げ物やフライものといったお惣菜が売れるのだが、今年は通年以上に売れている。更に、賞味期限の長い日持ちする商品が売れていると言う。ソーセージなどがその代表であるが、従来日配品と言われてきた牛乳やお豆腐にも賞味期限の長い新商品が出てきた。こうした商品以外にも、レトルト食品や缶詰も再認識されている。
つまり、常に鮮度・新しさを追いかけてきた消費は、何かが起きた時の備えにもなる、そうした防衛意識の働いた商品へと消費移行が始まっている。この傾向は2ヶ月程前に起きた富山の焼き肉店のユッケによる食中毒事件も影響している。以前であれば、新しさと変化を求めた鮮度型商品を買い求めたが、今は極力買うのを控えるという傾向が出てきた。節電ばかりか、無駄にならない商品、ストック型商品へと移行し始めているということだ。5〜6年前、未だ十分食べられる食品が年間2000万トン以上も廃棄されている実態に注目が集まったが、恐らく今や四分の一以下の廃棄となっているであろう。
食に顕著に表れた自己防衛市場の主要な変化は以上であるが、6月度の百貨店協会の発表にもあるように、高額商品も動き始め、東京地区の売上では震災後初めて昨年同月比がプラス(0.4%)に転じた。ところで、既に学生を始め夏休みに入ったが、残念ながら茨城といった海辺の行楽地は昨年と比較し激減しているという。一方、都内のプールは大盛況となっている。以前にもブログに書いたが、行楽には不安要素が0であることが大前提である。不安を抱えた行楽等あり得ない。
戦乱の世を終えた江戸時代中期、江戸を中心に五街道が整備され、平和気分が横溢し一大旅ブームが起きた。なかでも、お伊勢参りには多くの庶民が旅をした。特に、1830年のお陰参りには500万人もの人がお参りしたと言われている。当時の日本の人口が3000万人ほどであったから、6人に1人が伊勢に旅をしたことになる。これも不安の無い平和な時代であればこそである。
さて今年の夏休みの過ごし方であるが、都内のホテルはファミリーで盛況となる。また、安全が担保されている沖縄や円高を利用した海外へと向かうであろう。これも自己防衛的夏休みの過ごし方である。
話は戻るが、茨城の海水浴場では勿論のこと放射能汚染については毎日海辺や海水を線量計で測り、その安全性を情報公開しているが、残念ながら安心へと再びクールジャパンへと至るには多くの時間を必要とする。これは風評被害といったことではない。不安は政府・東電への不信の裏返しであり、3.11以降のていたらくさは心理の奥底に強く刻まれている。その不安心理を除去するには、いささか政治的になるが、汚染された土壌と共に汚染された情報をまき散らした現政権をキレイに除染することだ。つまり、汚染を隠し今日に至らせた現政権がいち早く変わることだ。少し前の共同通信の世論調査にも出ていたが、まずは70%もの人が管政権には早く辞めてもらうことと答えている。しかし、野党である自民党への支持率が民主党を超えたとはいえ、圧倒的な支持に向かってはいないことがこのことを明確に示している。新しい政権のもと、福島を始めとした北関東や東北といった地域の汚染除去に徹底して取り組むこと。更には宮城や岩手の遅れに遅れた復旧に取り組んでもらうことだ。
安全を確保するために、生産者も、流通も、地方自治体も独自な検査体制とその情報公開へと進んでいる。生活者も同様に自己防衛消費へと大きく舵をとった。(続く)
2011年07月10日
2011年上期ヒット商品番付を読み解く
ヒット商品応援団日記No512(毎週更新) 2011.7.10.
日経MJから上期のヒット商品番付が発表されていたが、あまり見るべき消費傾向はないのでブログに書くのを止めようかと思ったが、書くことがないというのも大きな消費傾向の一つである。
書くことがないという表現通り、東西横綱に該当するヒット商品はない。勿論、3.11大震災の衝撃は消費に大きく反映し、日経MJは「世のため消費」と名づけている。
扇風機を代表とした節電ツールや暑さを工夫した涼感衣料、震災時に電話が通じない状態のなかで家族と連絡を取り合ったFacebookといったサイト、更には夜行バスでいくボランティアツアーや「メイドイン東北」といった支援消費、こうした震災による変化を「世のため消費」と名づけたもので、マスメディアが後追いで報道していた事象を取り上げたにすぎない。
ライフスタイル変化を促したのはこのブログにも書いてきた自己防衛商品群である。懐中電灯といった既存の防災グッズばかりでなく、アウトドア商品をも防災商品としたり、3.11夜の帰宅困難を経験した首都圏の人間にとってかかとの低い歩きやすい靴や通勤利用の自転車が販売好調であるように自己防衛市場の広がりは極めて大きい。そして、この市場に続々と新製品が導入されているのが家庭用の蓄電池である。LED電球が量産効果によって価格が下がり購入しやすくなったのと同様に、家庭用蓄電池も今以上に安くなればかなり普及していくものと予測される。
何故、こうした自己防衛商品が売れるのかは、東北被災地とは異なる震災体験、鉄道が止まり、電話も通じず、道路は渋滞麻痺、それに震度5強という地震体感をしたことと、その後の原発事故に対する政府・東電の情報隠蔽への不信が自己防衛へと向かわせた。こうした不信は今般の脱原発を巡るエネルギー政策の混乱に見られるように、企業も、個人も、更に自己防衛へと向かわせる。
特に、福島原発事故による放射能汚染の広がりがやっと分かり始めた。結果、福島だけでなく100Kmも離れた場所にもホットスポットが次々と見つかり、避難と共に汚染への影響を少なくするための除染や子ども達の体内被曝を始めとした健康対策が急務となっている。政府の無策に頼らず、市民自ら線量計をもって汚染状態を調べる行動へと向かわせている。こうした目に見えない放射線への不安や恐怖はどんな消費行動をとらせていくのか、自己防衛の広がりと深化が大きな課題となる。
まず、防衛の第一は食の安全である。3月末のブログにクールジャパンはダーティジャパンになってしまったと書いた。その中心は海外における「食」を想定したものであったが、最近では少しづつではあるが、訪日海外客も増えてきた。そして、海外での日本食レストランも踏ん張っているようだ。しかし、米国が福島原発を中心とした80Km圏からの避難を解除していないことを冷静に見ておかなければならない。その前に、国内のダーティジャパンをどう解決するかだ。昨日、新たな工程表が政府から発表された。廃炉までの時間を数十年とされている。つまり、福島県住民の人達が放射線汚染との付き合いと共に、ダーティジャパンというイメージともこれから数十年付き合い、そして払拭する努力、除染も当然であるが、内部被曝に対する対策、特に食の徹底した検査体制が必要になるということだ。
ところで日経MJが名づけた「世のため消費」の先には、私が予測し推測する新たな「公」づくり、新たなコミュニティづくりに向かうと考えている。そこにおける消費の在り方である。3.11によって、生産地=東北、消費地=東京という構図を日常の農水産物から電力までの在り方が再認識された。政治、経済における分散化がこれからの課題になると思うが、生活においては「どんな世」へと向かう消費となって表れてくるかである。私はそれを新しいLOHAS的ライフスタイルになるであろうと仮説した。
実はそのモデルは京都を始めとした地方には今なお残されている。復興構想会議の提言で唯一考えるに値するのが「減災」という考え方である。この「減災」とは何かを一言でいうと、過去先人達は生活のなかに地震や津波といった自然災害を少なくやり過ごす知恵を身につけてきた、そうした自然との付き合い方、知恵に学ぶということである。
これは自然との付き合い方であり、生活レベルで考えれば、例えば節電といった節約精神は京都では「勿体ない」とし、最後まで使い切る、生かし切る方法が日常化されている。都市では扇風機と涼感衣料となるが、暑い京都では風通しの良い壷庭のある住居構造であり、夏の風物詩となっている鴨川沿いの床(ゆか)もそうした涼をとる知恵である。自然をねじ伏せるのではなく、自然をやり過ごす、時には逃げる、そうした自然観が生活歳時のなかに残っているということである。
京都をそのライフスタイルモデルとしたが、地方に、歴史・文化に埋もれた知恵や工夫を掘り起こすことへと向かうであろう。10数年前に起きた和回帰のような表象部分を生活に取り入れるのではなく、生活思想として、自然思想としてである。クールジャパンの復活もこうした生活思想に依拠した時、世界に誇れる生活文化国家となる。
残念ながら、福島はダーティジャパンの象徴として世界からイメージされている。汚染された土壌や緑の除染、安全の取り戻しは不可欠であるが、もう一つ加えるとすれば、例えば避難地域となった飯舘村のように、手間ひまを惜しまない心を意味する「までい(真手)」が残る美しい生活文化を守ることだ。それがクールフクシマへの道へと至る。(続く)
日経MJから上期のヒット商品番付が発表されていたが、あまり見るべき消費傾向はないのでブログに書くのを止めようかと思ったが、書くことがないというのも大きな消費傾向の一つである。
書くことがないという表現通り、東西横綱に該当するヒット商品はない。勿論、3.11大震災の衝撃は消費に大きく反映し、日経MJは「世のため消費」と名づけている。
扇風機を代表とした節電ツールや暑さを工夫した涼感衣料、震災時に電話が通じない状態のなかで家族と連絡を取り合ったFacebookといったサイト、更には夜行バスでいくボランティアツアーや「メイドイン東北」といった支援消費、こうした震災による変化を「世のため消費」と名づけたもので、マスメディアが後追いで報道していた事象を取り上げたにすぎない。
ライフスタイル変化を促したのはこのブログにも書いてきた自己防衛商品群である。懐中電灯といった既存の防災グッズばかりでなく、アウトドア商品をも防災商品としたり、3.11夜の帰宅困難を経験した首都圏の人間にとってかかとの低い歩きやすい靴や通勤利用の自転車が販売好調であるように自己防衛市場の広がりは極めて大きい。そして、この市場に続々と新製品が導入されているのが家庭用の蓄電池である。LED電球が量産効果によって価格が下がり購入しやすくなったのと同様に、家庭用蓄電池も今以上に安くなればかなり普及していくものと予測される。
何故、こうした自己防衛商品が売れるのかは、東北被災地とは異なる震災体験、鉄道が止まり、電話も通じず、道路は渋滞麻痺、それに震度5強という地震体感をしたことと、その後の原発事故に対する政府・東電の情報隠蔽への不信が自己防衛へと向かわせた。こうした不信は今般の脱原発を巡るエネルギー政策の混乱に見られるように、企業も、個人も、更に自己防衛へと向かわせる。
特に、福島原発事故による放射能汚染の広がりがやっと分かり始めた。結果、福島だけでなく100Kmも離れた場所にもホットスポットが次々と見つかり、避難と共に汚染への影響を少なくするための除染や子ども達の体内被曝を始めとした健康対策が急務となっている。政府の無策に頼らず、市民自ら線量計をもって汚染状態を調べる行動へと向かわせている。こうした目に見えない放射線への不安や恐怖はどんな消費行動をとらせていくのか、自己防衛の広がりと深化が大きな課題となる。
まず、防衛の第一は食の安全である。3月末のブログにクールジャパンはダーティジャパンになってしまったと書いた。その中心は海外における「食」を想定したものであったが、最近では少しづつではあるが、訪日海外客も増えてきた。そして、海外での日本食レストランも踏ん張っているようだ。しかし、米国が福島原発を中心とした80Km圏からの避難を解除していないことを冷静に見ておかなければならない。その前に、国内のダーティジャパンをどう解決するかだ。昨日、新たな工程表が政府から発表された。廃炉までの時間を数十年とされている。つまり、福島県住民の人達が放射線汚染との付き合いと共に、ダーティジャパンというイメージともこれから数十年付き合い、そして払拭する努力、除染も当然であるが、内部被曝に対する対策、特に食の徹底した検査体制が必要になるということだ。
ところで日経MJが名づけた「世のため消費」の先には、私が予測し推測する新たな「公」づくり、新たなコミュニティづくりに向かうと考えている。そこにおける消費の在り方である。3.11によって、生産地=東北、消費地=東京という構図を日常の農水産物から電力までの在り方が再認識された。政治、経済における分散化がこれからの課題になると思うが、生活においては「どんな世」へと向かう消費となって表れてくるかである。私はそれを新しいLOHAS的ライフスタイルになるであろうと仮説した。
実はそのモデルは京都を始めとした地方には今なお残されている。復興構想会議の提言で唯一考えるに値するのが「減災」という考え方である。この「減災」とは何かを一言でいうと、過去先人達は生活のなかに地震や津波といった自然災害を少なくやり過ごす知恵を身につけてきた、そうした自然との付き合い方、知恵に学ぶということである。
これは自然との付き合い方であり、生活レベルで考えれば、例えば節電といった節約精神は京都では「勿体ない」とし、最後まで使い切る、生かし切る方法が日常化されている。都市では扇風機と涼感衣料となるが、暑い京都では風通しの良い壷庭のある住居構造であり、夏の風物詩となっている鴨川沿いの床(ゆか)もそうした涼をとる知恵である。自然をねじ伏せるのではなく、自然をやり過ごす、時には逃げる、そうした自然観が生活歳時のなかに残っているということである。
京都をそのライフスタイルモデルとしたが、地方に、歴史・文化に埋もれた知恵や工夫を掘り起こすことへと向かうであろう。10数年前に起きた和回帰のような表象部分を生活に取り入れるのではなく、生活思想として、自然思想としてである。クールジャパンの復活もこうした生活思想に依拠した時、世界に誇れる生活文化国家となる。
残念ながら、福島はダーティジャパンの象徴として世界からイメージされている。汚染された土壌や緑の除染、安全の取り戻しは不可欠であるが、もう一つ加えるとすれば、例えば避難地域となった飯舘村のように、手間ひまを惜しまない心を意味する「までい(真手)」が残る美しい生活文化を守ることだ。それがクールフクシマへの道へと至る。(続く)
2011年07月03日
パラダイム転換が始まる(3)
ヒット商品応援団日記No511(毎週更新) 2011.7.3.
前回新しいLOHAS的運動が始まるのではないかとブログに書いた。米国の物質文明、大量消費文明への批判・見直しからLOHASが生まれたのだが、10年を経た今日本固有のLOHAS的世界が生まれようとしている、そんな感が強くしている。
その理由の一つが、若い世代による新しい「公」概念、新しいコミュニティ社会あるいはもっとフラットなクラブコミュニティづくりが始まっていることによる。NPOやNGOといった既存の組織も含めてではあるが、同じ価値観を持つ者同士が出会い、そこで何事かを共有したい、そのことで喜ばれたい、そんな同じ価値観同士による共有社会・コミュニティの創造である。
共有社会などと言うと、何か大きな社会のことであるかのようにイメージされるかも知れないが、共有する価値観をもっと平易に言えば「こだわり」であったり、「志し」や「夢」を共有する小さな単位の社会でもある。
例えば、昨年断捨離という価値観が広く浸透したが、生活行動レベルで言うと、その価値観共有は「不要品交換」といった場となる。今までであれば「もったいない」とした靴や洋服といったモノのリサイクル交換であったが、最近では長年使ってきた愛用品を無償で提供する、そんなネット上のサイトが増えてきている。オークションではなく、愛用品を提供することを通じて、愛用の思いやこだわりを共有する仲間欲求がその裏側には存在する。交換の関係ではなく、一種の贈与の関係である。
こうした物にかかわる共有欲求ばかりでなく、それは日本固有の棚田を守る為の活動であったり、里山であったりしている。また、最近では大震災で被災した東北の中小企業への支援策として小額出資のクラウドファンディングといった手法も、理念共有、夢共有が第一で、リターンは二番目という側面からすると、新しい「公」社会づくりと言えるかもしれない。TV東京のWBSでも紹介されていたが、(株)八木澤商店による復興ファンド募集などはその良き例であろう。
先月末、昨年秋に行われた国勢調査の速報が総務省から発表された。予測通り、初めて単身世帯が30%を超えた(31.2%)。少子高齢社会を縦軸とするならば、単身世帯は横軸に該当し、日本社会を織りなしている。そして、単身世帯の増加はあの無縁社会の土台となっている数字である。無縁社会はNHKスペシャルで放送されたドキュメンタリー番組から生まれたキーワードであるが、以降「縁」を取り戻す動きが消費面においても明確に出てきている。大震災に関するブログのなかで、震災は絆の大切さを思い起こさせ、パートナーとの関係を再認識させると書いた。それを裏づけるように、5月度の東京地区百貨店売上のトピックスに、「母の日」関連グッズと共にウエディングリングの販売が好調であるとのレポートがあった。勿論、個人化社会は進行し、おひとりさま市場、ヒトリッチ市場も底流としてはあるのだが、3.11は縁を強く意識することに向かわせた。縁を取り戻す先に、家族もあれば、多様なコミュニティもある。
sぴした縁を取り結ぶ形のない夢や志し、理念といった共有ばかりではなく、勿論物などの形あるものへの共有着眼ビジネスが順調に伸びている。以前このブログにも書いたので詳しくは書かないが、オフィスやルーム、車、自転車、といったシェアービジネスを踏まえ、シェアという合理性の裏側にある価値観共有へと向かっている。リーマンショック以降、下がり続ける不動産価格&販売不振にあって、首都圏で売れゆき好調なマンションには2つの新たな価値機能が付加されている。一つは当然であるが自己防衛を柱とした耐震・防災機能の充実である。もう一つがコミュニティ施設とその運営であるという。例えば、大地震があった時、互いに助け合うことができる、そのためのコミュニティ施設と運営である。
価値観の推移変化として見ていくと、戦後の所有価値からシェアするといった使用価値へ、更には共有し合う互恵価値とでもいうような新しい社会価値に向かっているように、私には思える。
ところで、先月復興構想会議から震災復興への提言があった。この提言は「地震と津波、そして原発事故によって、この国の『戦後』をずっと支えていた"何か"が音を立てて崩れた」という文章で始まる。ところが「戦後の何が」崩れたのか明確になっていないどころか、情緒的文章が続き、抽象的な提言となっている。唯一の具体的提案は復興財源としては所得税や法人税といった基幹税による時限的増税が必要であると。
この提言のサブタイトルは「悲惨のなかの希望」である。本当に東北の被災した人々、企業や団体が願う希望は何か、私たちが共有すべき希望や夢であるならば、増税も必要であろう。しかし、戦後の価値観の何が音を立てて崩れたのか、それらの先にある希望や夢を思い描くことこそ必要であると思う。会議参加メンバーの専門分野を越境する知性を持った唯一のメンバーである梅原猛はどんな発言をしたのであろうか。20世紀文明の象徴である原子力発電とその事故に対し、梅原猛がどんな越境する知見を見せてくれたか興味深く注視していたが、肩すかしで終わったようだ。
こうした動きを促進しているのが周知のツイッターやFacebookといったソーシャルメディアである。まだまだ嘘と虚飾が横行するネット世界ではあるが、本音でリアルな対話が行える公空間が生まれているのも事実である。北アフリカから始まった若い世代によるFacebookを通じた民主化運動も、各国異なる課題解決への運動となっているが、日本の場合どんな運動として展開されるか興味深いパラダイム転換としてある。
現在は個人単位の活動が中心であり、その動きはマスメディア社会という表舞台に上がることはない。しかし、新しいソーシャルメディアという舞台には多くの若い世代が既に上がり、希望や夢を語り始めている。(続く)
前回新しいLOHAS的運動が始まるのではないかとブログに書いた。米国の物質文明、大量消費文明への批判・見直しからLOHASが生まれたのだが、10年を経た今日本固有のLOHAS的世界が生まれようとしている、そんな感が強くしている。
その理由の一つが、若い世代による新しい「公」概念、新しいコミュニティ社会あるいはもっとフラットなクラブコミュニティづくりが始まっていることによる。NPOやNGOといった既存の組織も含めてではあるが、同じ価値観を持つ者同士が出会い、そこで何事かを共有したい、そのことで喜ばれたい、そんな同じ価値観同士による共有社会・コミュニティの創造である。
共有社会などと言うと、何か大きな社会のことであるかのようにイメージされるかも知れないが、共有する価値観をもっと平易に言えば「こだわり」であったり、「志し」や「夢」を共有する小さな単位の社会でもある。
例えば、昨年断捨離という価値観が広く浸透したが、生活行動レベルで言うと、その価値観共有は「不要品交換」といった場となる。今までであれば「もったいない」とした靴や洋服といったモノのリサイクル交換であったが、最近では長年使ってきた愛用品を無償で提供する、そんなネット上のサイトが増えてきている。オークションではなく、愛用品を提供することを通じて、愛用の思いやこだわりを共有する仲間欲求がその裏側には存在する。交換の関係ではなく、一種の贈与の関係である。
こうした物にかかわる共有欲求ばかりでなく、それは日本固有の棚田を守る為の活動であったり、里山であったりしている。また、最近では大震災で被災した東北の中小企業への支援策として小額出資のクラウドファンディングといった手法も、理念共有、夢共有が第一で、リターンは二番目という側面からすると、新しい「公」社会づくりと言えるかもしれない。TV東京のWBSでも紹介されていたが、(株)八木澤商店による復興ファンド募集などはその良き例であろう。
先月末、昨年秋に行われた国勢調査の速報が総務省から発表された。予測通り、初めて単身世帯が30%を超えた(31.2%)。少子高齢社会を縦軸とするならば、単身世帯は横軸に該当し、日本社会を織りなしている。そして、単身世帯の増加はあの無縁社会の土台となっている数字である。無縁社会はNHKスペシャルで放送されたドキュメンタリー番組から生まれたキーワードであるが、以降「縁」を取り戻す動きが消費面においても明確に出てきている。大震災に関するブログのなかで、震災は絆の大切さを思い起こさせ、パートナーとの関係を再認識させると書いた。それを裏づけるように、5月度の東京地区百貨店売上のトピックスに、「母の日」関連グッズと共にウエディングリングの販売が好調であるとのレポートがあった。勿論、個人化社会は進行し、おひとりさま市場、ヒトリッチ市場も底流としてはあるのだが、3.11は縁を強く意識することに向かわせた。縁を取り戻す先に、家族もあれば、多様なコミュニティもある。
sぴした縁を取り結ぶ形のない夢や志し、理念といった共有ばかりではなく、勿論物などの形あるものへの共有着眼ビジネスが順調に伸びている。以前このブログにも書いたので詳しくは書かないが、オフィスやルーム、車、自転車、といったシェアービジネスを踏まえ、シェアという合理性の裏側にある価値観共有へと向かっている。リーマンショック以降、下がり続ける不動産価格&販売不振にあって、首都圏で売れゆき好調なマンションには2つの新たな価値機能が付加されている。一つは当然であるが自己防衛を柱とした耐震・防災機能の充実である。もう一つがコミュニティ施設とその運営であるという。例えば、大地震があった時、互いに助け合うことができる、そのためのコミュニティ施設と運営である。
価値観の推移変化として見ていくと、戦後の所有価値からシェアするといった使用価値へ、更には共有し合う互恵価値とでもいうような新しい社会価値に向かっているように、私には思える。
ところで、先月復興構想会議から震災復興への提言があった。この提言は「地震と津波、そして原発事故によって、この国の『戦後』をずっと支えていた"何か"が音を立てて崩れた」という文章で始まる。ところが「戦後の何が」崩れたのか明確になっていないどころか、情緒的文章が続き、抽象的な提言となっている。唯一の具体的提案は復興財源としては所得税や法人税といった基幹税による時限的増税が必要であると。
この提言のサブタイトルは「悲惨のなかの希望」である。本当に東北の被災した人々、企業や団体が願う希望は何か、私たちが共有すべき希望や夢であるならば、増税も必要であろう。しかし、戦後の価値観の何が音を立てて崩れたのか、それらの先にある希望や夢を思い描くことこそ必要であると思う。会議参加メンバーの専門分野を越境する知性を持った唯一のメンバーである梅原猛はどんな発言をしたのであろうか。20世紀文明の象徴である原子力発電とその事故に対し、梅原猛がどんな越境する知見を見せてくれたか興味深く注視していたが、肩すかしで終わったようだ。
こうした動きを促進しているのが周知のツイッターやFacebookといったソーシャルメディアである。まだまだ嘘と虚飾が横行するネット世界ではあるが、本音でリアルな対話が行える公空間が生まれているのも事実である。北アフリカから始まった若い世代によるFacebookを通じた民主化運動も、各国異なる課題解決への運動となっているが、日本の場合どんな運動として展開されるか興味深いパラダイム転換としてある。
現在は個人単位の活動が中心であり、その動きはマスメディア社会という表舞台に上がることはない。しかし、新しいソーシャルメディアという舞台には多くの若い世代が既に上がり、希望や夢を語り始めている。(続く)
2011年06月26日
パラダイム転換が始まる(2)
ヒット商品応援団日記No510(毎週更新) 2011.6.26.
前回のブログの最後に、少々不便さを感じたり、快適さが失われても、人工的生活を少なくしたい、そんな実感体験してきたライフスタイルへと移行するであろうと書いた。そして、それはLOHAS的ライフスタイルへと向かうとも書いた。再生可能な自然エネルギーへの共感が広がっているのも、「人工」の象徴である原子力発電への一種の忌避感からであろう。それを見事に表しているのは、家族も家も故郷も根こそぎ奪い去った三陸海岸にあって、多くの漁師はまた海に戻りたいと口々に言う。一方、放射性物質汚染のホットスポットである飯舘村の人達は避難に際し、政府・東電への怒りと共に、1日でも早く自然豊かな元の村に戻って来たいと言い、もう原発はいらないと言い切る。
同じ大震災に遭ったにも関わらず、自然と人工は真反対の思いになった。その価値観の違いを鮮明に浮かび上がらせた。
昨年から森ガールや山ガール、最近では釣りガールまで、アウトドアレジャーといった休日の過ごし方、その消費に注目が集まってきた。こうした休日や自由時間には関心事や好みはストレートに表れてくる。そして、そうした関心事や好みは次第にウイークデー、日常生活へと取り入れていく方向に向かう。例えば、森ガールスタイルで街中を歩くといった日常の過ごし方である。あるいは、部屋のなかでバーベキュー的料理を楽しむとき等は、アウトドアスタイルの食器などを使って楽しむといった世界である。
今まで以上に生活のなかに自然を取り入れ、五感で感じ取る生活、それは少々快適さにかけていてもそれ自体を楽しむ生活である。その意味するところは、夏は夏らしい暑さを、秋になればひんやりとした空気を感じ、つまり四季を五感で感じ取れるような生活を取り戻すということである。3.11以降、節電ということからオフィスも商店も、電車も駅も、勿論家庭も、各人が照明を落とし、少しの間は暗さを感じていたが、今はどうかと言えば不便・不快を感じることはない。ただ、薄暗くなったことから交通事故やひったくり事件が増えたことは困りものであるが。
ところで、ここ数年オール電化住宅が戸建・マンション共に増えてきた。あるいはそこまではいかなくとも、ガスや火を使わないIHクッキングヒーターが急速に普及してきた。ところが、計画停電という事態に遭遇し、どんなことが自己防衛策として消費に現れてきたか、このブログにも書いてきた。3.11直後にはカセットガスコンロに殺到し品切れとなり、次第に応急的商品から家庭用の蓄電池やその代用となるハイブリッド車へと注目が集まった。更にはアウトドア好きはそれら商品をインドア・部屋のなかでも使うようになった。
つまり、言葉には表さないが、原子力発電という電力の大量生産、大量消費時代の終わりを感じているということだ。日本は五風十雨と言われてきたように、湿潤な気候風土の国だ。それを快適である一定の気温、湿度に電力をもって1年365日保つ電力消費生活を見直す方向へと向かっている。食で言うと、旬のある豊かな国であるが、既に365日旬のある環境が出来上がっており、旬の持つ限定という期待感は喪失しまっている。これも大量消費時代が生んだ一種の奇形であろう。
この大量消費生活への見直しは電力だけではない。食料自給率の低さが問題になったことがあったが、以降年間2000万トンを超していた廃棄食品はどんどん少なくなった。あるいは10数年前であればいち早くトレンドとなったファッション商品を手に入れたいと、季節ごとに購入していた。が、収入が減り続ける時代にあっては、オシャレにお金を使うことができなくなった。勿論、オシャレごころが無くなった訳ではなく、買うのならばネットで一番安く買うか、あるいはアウトレットで買う、あるいは着こなし着回しで間に合わせるといった具合だ。
このような時代環境の変化に伴い、その都度問題が指摘され自覚もし、その先にどんな生活を思い描くかである。3.11は大量消費という一つの時代を終わらせた。
それではどんな生活を思い描くのか、既に行動を起こしている人達がいる。それは被災地東北、特に福島という原発事故に遭った家族の行動のなかに現れてきている。政府、というより現場を把握している自治体自身も被災していることから正確な情報は発表されていないが、かなりの家族が他府県へと避難している。3月末時点ではNHKによれば3万4000名弱と報道されていたと思うが、その後の原発汚染の実態が明確になるに従い避難家族は増大していることは間違いない。
そして、通常であれば親戚縁者を通じた避難であるが、今や各道府県には避難受け入れのサイトがあり、それら情報を踏まえた避難である。更に、Yahoo知恵袋のように個人での避難家族受入れサイトも無数にあり、かなりの家族が避難している。しかも、仕事それ自体も避難先で見つけ、新たな出発をする家族もいる。こうした家族も、福島新館村のように再び故郷に戻る計画で避難する家族もいる。共通していることは、0というよりマイナスからの人生スタートであり、その生活原点を見つめての結果である。
多くの情報を踏まえた訳ではないが、その生活原点こそ3.11以降の新しいパラダイムである。そのパラダイムを情緒的に表現すると、
・自然に寄り添い、四季の変化を五感で楽しむ生活
・愛する家族と信頼できるコミュニティのなかの生活
・仕事の場が近くにあり、ごく普通の生活
・そして、明日は今日より少しだけ良くなると希望が持てる生活
一昔前のどこにであった日本の家庭、家族の在り方、暮らしの風景がこの生活原点である。東京には既に無くなってしまったが、地方には今なお残っている生活である。多くの避難家族が報道されていたが、そのなかに沖縄に移住した家族は岩手三陸の漁師を辞めて沖縄の水族館の職員へと転職した家族であった。印象に残った避難家族には京都に移住した家族もあった。沖縄も、京都も、それぞれ固有の自然・生活環境があり、コミュニティの在り方も異なる。しかし、昭和の時代を過ごした私にとって、地方にはこうした生活原点が残っており、新しいライフスタイルの芽として育っていくものと考えている。削ぎ落としてもなお残る、残したい生活である。そうした意味で、前回のブログの最後にLOHAS的生活へとパラダイムが変わると書いた。
そのLOHASは、たしか2000年頃に新聞各社で新しいライフスタイルが米国で生まれたと報じられ、翌2001年にLOHAS運動の概要が雑誌などで取り上げられ注目された。そのLOHASが尻すぼみ状態になって失敗したのも、ロハスブランド、商標としてのライセンスビジネスとして展開し始めたことによる。多くの批判にさらされ商標の使用をオープンにして今日に至っている。私がLOHASに注目したのも、スタンフォード大学でMBAを取得したビジネスマンが中心となって、自ら創り上げてきた米国文明への批判・見直しから生まれてきた点にあった。
そして、このLOHASの良き事例として私が取り上げてきたのが京都であった。例えば、「始末(しまつ)」ということばがあるが、単なる節約を超えて、モノを最後まで使い切ることであり、その裏側にはいただいたモノへの感謝、自然への感謝の気持ちが込められている。そして、「始末」には創意工夫・知恵そのもでもある。誰でもが知っている、京都の食に「にしんそば」や「鯖寿司」があるが、内陸である京都が生み出した美味しくいただく生活の知恵・文化である。もう一つ素晴らしいのが、季節、祭事、といった生活カレンダー(旧暦)に沿った暮らし方をしており、「ハレ」と「ケ」というメリハリのある生活を楽しんでいる点にある。京都をLOHASの代表としたが、こうした風土に沿った固有の文化ある暮らしは地方を歩けばいくらでもある。3.11はこのことを再び気づかせ、自覚へと向かわせている。LOHASが米国文明への批判・見直しから生まれたように、日本もまた原発を頂点とした文明への見直しが始まったということである。(続く)
前回のブログの最後に、少々不便さを感じたり、快適さが失われても、人工的生活を少なくしたい、そんな実感体験してきたライフスタイルへと移行するであろうと書いた。そして、それはLOHAS的ライフスタイルへと向かうとも書いた。再生可能な自然エネルギーへの共感が広がっているのも、「人工」の象徴である原子力発電への一種の忌避感からであろう。それを見事に表しているのは、家族も家も故郷も根こそぎ奪い去った三陸海岸にあって、多くの漁師はまた海に戻りたいと口々に言う。一方、放射性物質汚染のホットスポットである飯舘村の人達は避難に際し、政府・東電への怒りと共に、1日でも早く自然豊かな元の村に戻って来たいと言い、もう原発はいらないと言い切る。
同じ大震災に遭ったにも関わらず、自然と人工は真反対の思いになった。その価値観の違いを鮮明に浮かび上がらせた。
昨年から森ガールや山ガール、最近では釣りガールまで、アウトドアレジャーといった休日の過ごし方、その消費に注目が集まってきた。こうした休日や自由時間には関心事や好みはストレートに表れてくる。そして、そうした関心事や好みは次第にウイークデー、日常生活へと取り入れていく方向に向かう。例えば、森ガールスタイルで街中を歩くといった日常の過ごし方である。あるいは、部屋のなかでバーベキュー的料理を楽しむとき等は、アウトドアスタイルの食器などを使って楽しむといった世界である。
今まで以上に生活のなかに自然を取り入れ、五感で感じ取る生活、それは少々快適さにかけていてもそれ自体を楽しむ生活である。その意味するところは、夏は夏らしい暑さを、秋になればひんやりとした空気を感じ、つまり四季を五感で感じ取れるような生活を取り戻すということである。3.11以降、節電ということからオフィスも商店も、電車も駅も、勿論家庭も、各人が照明を落とし、少しの間は暗さを感じていたが、今はどうかと言えば不便・不快を感じることはない。ただ、薄暗くなったことから交通事故やひったくり事件が増えたことは困りものであるが。
ところで、ここ数年オール電化住宅が戸建・マンション共に増えてきた。あるいはそこまではいかなくとも、ガスや火を使わないIHクッキングヒーターが急速に普及してきた。ところが、計画停電という事態に遭遇し、どんなことが自己防衛策として消費に現れてきたか、このブログにも書いてきた。3.11直後にはカセットガスコンロに殺到し品切れとなり、次第に応急的商品から家庭用の蓄電池やその代用となるハイブリッド車へと注目が集まった。更にはアウトドア好きはそれら商品をインドア・部屋のなかでも使うようになった。
つまり、言葉には表さないが、原子力発電という電力の大量生産、大量消費時代の終わりを感じているということだ。日本は五風十雨と言われてきたように、湿潤な気候風土の国だ。それを快適である一定の気温、湿度に電力をもって1年365日保つ電力消費生活を見直す方向へと向かっている。食で言うと、旬のある豊かな国であるが、既に365日旬のある環境が出来上がっており、旬の持つ限定という期待感は喪失しまっている。これも大量消費時代が生んだ一種の奇形であろう。
この大量消費生活への見直しは電力だけではない。食料自給率の低さが問題になったことがあったが、以降年間2000万トンを超していた廃棄食品はどんどん少なくなった。あるいは10数年前であればいち早くトレンドとなったファッション商品を手に入れたいと、季節ごとに購入していた。が、収入が減り続ける時代にあっては、オシャレにお金を使うことができなくなった。勿論、オシャレごころが無くなった訳ではなく、買うのならばネットで一番安く買うか、あるいはアウトレットで買う、あるいは着こなし着回しで間に合わせるといった具合だ。
このような時代環境の変化に伴い、その都度問題が指摘され自覚もし、その先にどんな生活を思い描くかである。3.11は大量消費という一つの時代を終わらせた。
それではどんな生活を思い描くのか、既に行動を起こしている人達がいる。それは被災地東北、特に福島という原発事故に遭った家族の行動のなかに現れてきている。政府、というより現場を把握している自治体自身も被災していることから正確な情報は発表されていないが、かなりの家族が他府県へと避難している。3月末時点ではNHKによれば3万4000名弱と報道されていたと思うが、その後の原発汚染の実態が明確になるに従い避難家族は増大していることは間違いない。
そして、通常であれば親戚縁者を通じた避難であるが、今や各道府県には避難受け入れのサイトがあり、それら情報を踏まえた避難である。更に、Yahoo知恵袋のように個人での避難家族受入れサイトも無数にあり、かなりの家族が避難している。しかも、仕事それ自体も避難先で見つけ、新たな出発をする家族もいる。こうした家族も、福島新館村のように再び故郷に戻る計画で避難する家族もいる。共通していることは、0というよりマイナスからの人生スタートであり、その生活原点を見つめての結果である。
多くの情報を踏まえた訳ではないが、その生活原点こそ3.11以降の新しいパラダイムである。そのパラダイムを情緒的に表現すると、
・自然に寄り添い、四季の変化を五感で楽しむ生活
・愛する家族と信頼できるコミュニティのなかの生活
・仕事の場が近くにあり、ごく普通の生活
・そして、明日は今日より少しだけ良くなると希望が持てる生活
一昔前のどこにであった日本の家庭、家族の在り方、暮らしの風景がこの生活原点である。東京には既に無くなってしまったが、地方には今なお残っている生活である。多くの避難家族が報道されていたが、そのなかに沖縄に移住した家族は岩手三陸の漁師を辞めて沖縄の水族館の職員へと転職した家族であった。印象に残った避難家族には京都に移住した家族もあった。沖縄も、京都も、それぞれ固有の自然・生活環境があり、コミュニティの在り方も異なる。しかし、昭和の時代を過ごした私にとって、地方にはこうした生活原点が残っており、新しいライフスタイルの芽として育っていくものと考えている。削ぎ落としてもなお残る、残したい生活である。そうした意味で、前回のブログの最後にLOHAS的生活へとパラダイムが変わると書いた。
そのLOHASは、たしか2000年頃に新聞各社で新しいライフスタイルが米国で生まれたと報じられ、翌2001年にLOHAS運動の概要が雑誌などで取り上げられ注目された。そのLOHASが尻すぼみ状態になって失敗したのも、ロハスブランド、商標としてのライセンスビジネスとして展開し始めたことによる。多くの批判にさらされ商標の使用をオープンにして今日に至っている。私がLOHASに注目したのも、スタンフォード大学でMBAを取得したビジネスマンが中心となって、自ら創り上げてきた米国文明への批判・見直しから生まれてきた点にあった。
そして、このLOHASの良き事例として私が取り上げてきたのが京都であった。例えば、「始末(しまつ)」ということばがあるが、単なる節約を超えて、モノを最後まで使い切ることであり、その裏側にはいただいたモノへの感謝、自然への感謝の気持ちが込められている。そして、「始末」には創意工夫・知恵そのもでもある。誰でもが知っている、京都の食に「にしんそば」や「鯖寿司」があるが、内陸である京都が生み出した美味しくいただく生活の知恵・文化である。もう一つ素晴らしいのが、季節、祭事、といった生活カレンダー(旧暦)に沿った暮らし方をしており、「ハレ」と「ケ」というメリハリのある生活を楽しんでいる点にある。京都をLOHASの代表としたが、こうした風土に沿った固有の文化ある暮らしは地方を歩けばいくらでもある。3.11はこのことを再び気づかせ、自覚へと向かわせている。LOHASが米国文明への批判・見直しから生まれたように、日本もまた原発を頂点とした文明への見直しが始まったということである。(続く)
2011年06月19日
パラダイム転換が始まる(1)
ヒット商品応援団日記No509(毎週更新) 2011.6.19.
今年の「父の日」は6月19日であるが、通年はあまり活発な消費は見せないが、今年の母の日ほどではないにしろある程度は動くであろう。これも大震災の影響を受けた消費傾向の一つであるが、人と人との関係を見つめ直す、特に家族との関係を自ら再認識する一つのきっかけとなる記念日市場である。
本来記念日は個人的なものであるが、無縁社会という言葉が流行語になるように関係を失ったバラバラ社会にあっては、こうした創られた「きっかけ」であっても大きな市場機会となる。
大震災をテーマにブログを3ヶ月ほど書いてきたが、少し整理してキーワード化すると以下のようになる。
○奪われた家族・故郷、絆、コミュニティ、自治、
○がれきのなかの記憶と思い出、
○喪失と再生、子ども、生命力、
○公助なき共助、ボランティア、ツイッター、ネットワーク、国内外からの支援、、
○自然への畏敬と感謝、今なお残る自然思想、海に戻る、
○想定外という人災、安全神話の崩壊、科学者であることの恥、
○放射性物質汚染、無計画停電、自己防衛、内なる安全基準、
○情報隠蔽による風評汚染、嘘の蔓延、ダーティジャパン、海外客激減、
○炉心だけでなくメルトダウンする言葉、安全デマ、
○ライフスタイル変化、節電、省エネ、脱原発、自然エネルギー、
○幸せって何!、日本って・・・、
少し前にライフスタイルの変化が始まったとブログに書いた。それはあの3.11の押し寄せる大津波の衝撃的な映像によって、奪われる家族・故郷、そこに人と人との絆の大切さを思い起こさせた。それはまた、がれきのなかの記憶と思い出探しの映像は象徴的であった。以前ブログにも書いたが、3年前に話題となった作家天童荒太が描いた「悼む人」そのものである。
こうした一人ひとりの人生を思い浮かべ、記憶を辿る。無縁社会にあって、近しい人との関係の大切さへと向かい、若いカップル世代であればその徴(しるし)としてのリングの交換や婚約といった道筋まで進んだ。消費という側面を見れば、この延長線上に「母の日ギフト」もあり、父の日ギフトもある。創られたギフト市場ではあるが、これも一つの「縁日」と呼べるものだ。今後もこうした有縁を結ぶ出来事や商品あるいは場が注目される。
福島原発事故に対する自己防衛というキーワードを3.11直後から使い多くの現象を解き明かしてきたが、マスメディアはあまり取り上げないが急激に多様な市場として生起している。
その第一は福島県を中心とした子を持つお母さん達の行動であった。勿論、放射能汚染に対する不安、恐怖に対するもので、関西方面や九州、沖縄へと避難する人が後を絶たない情況だ。3月の時点では政府も原子力の専門家も安全ですと繰り返しアナウンスしてきたが、その安全の「不確かさ」によって不安、恐怖が更に増幅させてしまった。しかも、3.11以降、時間を追うごとに事態の深刻さ、それを表す情報が小出しにアナウンスされるようになった。3月時点ではチェルノブイリと比較すること自体がおかしいと専門家やマスメディア、特に大手新聞はは口を揃えて言ってきたが、最近の政府からのアナウンスメントではまき散らされた放射性物質は77京ベクレルであったという。悲しいことだが、政府のことは信じず、放射線量を計る機器を個人で、お母さん仲間で購入し、自宅や周辺の公園等子が遊ぶ場所を自ら計る行動にまで至った。放射性物質だけでなく、安全デマまでもがまき散らされたということだ。
昨日、仏政府は空輸された静岡県産の茶葉から基準値以上のセシウムが検出され廃棄処分にしたと発表した。国内においても既に汚染問題として発表されているが、静岡県知事は飲用する場合は放射能も薄まるので問題ないとコメントしてきたが、世界の基準・常識ではそんなことはありえないということだ。静岡県産の茶葉の汚染は取り扱っている食材宅配会社「らでぃっしゅぼ〜や」の自主検査によって検出されたものである。しかも、静岡県はその発表を遅らせたと聞いている。
私は自主検査によって基準値以上の放射性物質が検出され公表した神奈川の足柄茶に対し、その考えと行動を高く評価した。それは汚染米事件で風評により倒産寸前まで追い込まれた焼酎宝山が全てを廃棄処分まで行し、公開したその経営ポリシーを高く評価するものであった。神奈川の足柄茶も同様である。誰を信じ、誰に本当の情報を公開するのか、そのことを顧客は、消費者はしっかりと見ているということである。しかし、静岡県知事は福島原発事故の政府の公開性と同じように、誰に対して「問題なし」「安全である」と言っているのか。福島県民、農畜産業、水産業、各種の工場、商店、・・・・住民全てが苦しんでいる課題は静岡県も同様であるとの認識を持たなければならない。
自己防衛とは不信の時代のことである。信じられるもの、それは自らの体験と近しい人だけである。政府も、政治家も、原子力発電も、そして大手マスメディアも、全て「遠い存在」としてある。一年前まで、クリーンエネルギーであると、地球温暖化への切り札であると、エネルギー政策を掲げてきた政府は福島原発事故から一転して再生可能な自然エネルギーへの転換を言葉だけで言う。私は原発推進論者ではないが、嫌な話であるが電力需要が供給をオーバーし大規模停電が置きた時、またもや一転して原発推進政策へと舵を取る。そんなことがころころと変わり得る政府であると不信の目が注がれている。あるいは、マスメディアもそうした政府を擁護するかのような報道を続けてきた。しかし、福島の一部のお母さん達が多くの非難をされるなかで汚染された校庭の土の除去を求めた。この行動は放射能に対するモンスターペアレントというレッテルを貼ったのは教育委員会を始めとした学校関係者であった。そうした事実を知りながら大手マスメディアは一切報じることはなかった。しかし、汚染が深刻であることが徐々に分かるに従って、ホットスポット住民への支援策を、政府も、自治体も、マスメディアも、汚染のモニタリングを実行し、報じ始めた。汚染から3ヶ月も経ってからである。
こうした不信ばかりに取り囲まれた時代にあればこそ、自らを信じ行動する生活者が多数を占めてくる。そして、そうした行動を取ることによって、より価値観は明確になっていく。今回の原発事故によってどんな価値観が生まれてきているか、文明史的な考察が必要となるが、人の手によって作られた、しかし人の手によって制御できない「人工」への忌避感が生まれている。現在は、放射能汚染への不安や恐怖であるが、次第に反人工的世界へと、つまりより自然を取り入れた、自然に囲まれた、少々不便さを感じたり、快適さが失われても、人工的生活を少なくしたい、そんな実感体験してきたライフスタイルへと移行する。これは後戻り、20年前、30年前の生活に戻るということではない。ある意味、LOHAS的生活であるが、10年程前の失敗したLOHASの教訓を踏まえたライフスタイルに向かうであろう。後半ではそのライフスタイルについて書いてみたい。(続く)
今年の「父の日」は6月19日であるが、通年はあまり活発な消費は見せないが、今年の母の日ほどではないにしろある程度は動くであろう。これも大震災の影響を受けた消費傾向の一つであるが、人と人との関係を見つめ直す、特に家族との関係を自ら再認識する一つのきっかけとなる記念日市場である。
本来記念日は個人的なものであるが、無縁社会という言葉が流行語になるように関係を失ったバラバラ社会にあっては、こうした創られた「きっかけ」であっても大きな市場機会となる。
大震災をテーマにブログを3ヶ月ほど書いてきたが、少し整理してキーワード化すると以下のようになる。
○奪われた家族・故郷、絆、コミュニティ、自治、
○がれきのなかの記憶と思い出、
○喪失と再生、子ども、生命力、
○公助なき共助、ボランティア、ツイッター、ネットワーク、国内外からの支援、、
○自然への畏敬と感謝、今なお残る自然思想、海に戻る、
○想定外という人災、安全神話の崩壊、科学者であることの恥、
○放射性物質汚染、無計画停電、自己防衛、内なる安全基準、
○情報隠蔽による風評汚染、嘘の蔓延、ダーティジャパン、海外客激減、
○炉心だけでなくメルトダウンする言葉、安全デマ、
○ライフスタイル変化、節電、省エネ、脱原発、自然エネルギー、
○幸せって何!、日本って・・・、
少し前にライフスタイルの変化が始まったとブログに書いた。それはあの3.11の押し寄せる大津波の衝撃的な映像によって、奪われる家族・故郷、そこに人と人との絆の大切さを思い起こさせた。それはまた、がれきのなかの記憶と思い出探しの映像は象徴的であった。以前ブログにも書いたが、3年前に話題となった作家天童荒太が描いた「悼む人」そのものである。
こうした一人ひとりの人生を思い浮かべ、記憶を辿る。無縁社会にあって、近しい人との関係の大切さへと向かい、若いカップル世代であればその徴(しるし)としてのリングの交換や婚約といった道筋まで進んだ。消費という側面を見れば、この延長線上に「母の日ギフト」もあり、父の日ギフトもある。創られたギフト市場ではあるが、これも一つの「縁日」と呼べるものだ。今後もこうした有縁を結ぶ出来事や商品あるいは場が注目される。
福島原発事故に対する自己防衛というキーワードを3.11直後から使い多くの現象を解き明かしてきたが、マスメディアはあまり取り上げないが急激に多様な市場として生起している。
その第一は福島県を中心とした子を持つお母さん達の行動であった。勿論、放射能汚染に対する不安、恐怖に対するもので、関西方面や九州、沖縄へと避難する人が後を絶たない情況だ。3月の時点では政府も原子力の専門家も安全ですと繰り返しアナウンスしてきたが、その安全の「不確かさ」によって不安、恐怖が更に増幅させてしまった。しかも、3.11以降、時間を追うごとに事態の深刻さ、それを表す情報が小出しにアナウンスされるようになった。3月時点ではチェルノブイリと比較すること自体がおかしいと専門家やマスメディア、特に大手新聞はは口を揃えて言ってきたが、最近の政府からのアナウンスメントではまき散らされた放射性物質は77京ベクレルであったという。悲しいことだが、政府のことは信じず、放射線量を計る機器を個人で、お母さん仲間で購入し、自宅や周辺の公園等子が遊ぶ場所を自ら計る行動にまで至った。放射性物質だけでなく、安全デマまでもがまき散らされたということだ。
昨日、仏政府は空輸された静岡県産の茶葉から基準値以上のセシウムが検出され廃棄処分にしたと発表した。国内においても既に汚染問題として発表されているが、静岡県知事は飲用する場合は放射能も薄まるので問題ないとコメントしてきたが、世界の基準・常識ではそんなことはありえないということだ。静岡県産の茶葉の汚染は取り扱っている食材宅配会社「らでぃっしゅぼ〜や」の自主検査によって検出されたものである。しかも、静岡県はその発表を遅らせたと聞いている。
私は自主検査によって基準値以上の放射性物質が検出され公表した神奈川の足柄茶に対し、その考えと行動を高く評価した。それは汚染米事件で風評により倒産寸前まで追い込まれた焼酎宝山が全てを廃棄処分まで行し、公開したその経営ポリシーを高く評価するものであった。神奈川の足柄茶も同様である。誰を信じ、誰に本当の情報を公開するのか、そのことを顧客は、消費者はしっかりと見ているということである。しかし、静岡県知事は福島原発事故の政府の公開性と同じように、誰に対して「問題なし」「安全である」と言っているのか。福島県民、農畜産業、水産業、各種の工場、商店、・・・・住民全てが苦しんでいる課題は静岡県も同様であるとの認識を持たなければならない。
自己防衛とは不信の時代のことである。信じられるもの、それは自らの体験と近しい人だけである。政府も、政治家も、原子力発電も、そして大手マスメディアも、全て「遠い存在」としてある。一年前まで、クリーンエネルギーであると、地球温暖化への切り札であると、エネルギー政策を掲げてきた政府は福島原発事故から一転して再生可能な自然エネルギーへの転換を言葉だけで言う。私は原発推進論者ではないが、嫌な話であるが電力需要が供給をオーバーし大規模停電が置きた時、またもや一転して原発推進政策へと舵を取る。そんなことがころころと変わり得る政府であると不信の目が注がれている。あるいは、マスメディアもそうした政府を擁護するかのような報道を続けてきた。しかし、福島の一部のお母さん達が多くの非難をされるなかで汚染された校庭の土の除去を求めた。この行動は放射能に対するモンスターペアレントというレッテルを貼ったのは教育委員会を始めとした学校関係者であった。そうした事実を知りながら大手マスメディアは一切報じることはなかった。しかし、汚染が深刻であることが徐々に分かるに従って、ホットスポット住民への支援策を、政府も、自治体も、マスメディアも、汚染のモニタリングを実行し、報じ始めた。汚染から3ヶ月も経ってからである。
こうした不信ばかりに取り囲まれた時代にあればこそ、自らを信じ行動する生活者が多数を占めてくる。そして、そうした行動を取ることによって、より価値観は明確になっていく。今回の原発事故によってどんな価値観が生まれてきているか、文明史的な考察が必要となるが、人の手によって作られた、しかし人の手によって制御できない「人工」への忌避感が生まれている。現在は、放射能汚染への不安や恐怖であるが、次第に反人工的世界へと、つまりより自然を取り入れた、自然に囲まれた、少々不便さを感じたり、快適さが失われても、人工的生活を少なくしたい、そんな実感体験してきたライフスタイルへと移行する。これは後戻り、20年前、30年前の生活に戻るということではない。ある意味、LOHAS的生活であるが、10年程前の失敗したLOHASの教訓を踏まえたライフスタイルに向かうであろう。後半ではそのライフスタイルについて書いてみたい。(続く)
2011年06月11日
小さなブータン国に学ぶ
ヒット商品応援団日記No508(毎週更新) 2011.6.11.
人間がもつ多くの欲求を5段階に整理し、各段階が適度に満たされていくと、より高次な欲求へと発展していくとした「マズローの法則」がある。マーケティングや広告を志望する人であれば若い頃必ず使ったことのある法則で、どの欲求をどのように動機づけたら良いのかといったテーマで使われてきた。
①生理的欲求(食欲・睡眠・性欲)
②安全性欲求(住居・衣服・貯金)
③社会的欲求(友情・協同・人間関係)
④自我の欲求(他人からの尊敬・評価・表現欲)
⑤自己実現欲求(潜在能力の開花)
1970年代当時は①→②→③→④→⑤へと「豊かさ」は発展・進化していくと説明されてきたのだが、現実はそれほど単純なものとして進んでは行かない。但し、あくまでも一つの整理軸として、そのように使えば今も使えるものとしてある。
何故、こんな古い物差しを持ち出したかというと、前回のブログで小国ブータンを例に挙げて国民総幸福量(GNH)という新しい価値概念にふれたからである。物質的豊かさから一旦離れ、他人の喜びを我が喜びにする、そんな幸福世界を可能とするコミュニティ欲求、自治欲求、といった国づくり欲求の世界である。
私の場合、東日本大震災を通じこうした世界を感じ取ったのだが、上記の整理を踏まえると被災地には数日間から数週間にわたり、①生理的欲求②安全性欲求という生きる為の基本的な欲求を満たすことが全くできなくなってしまった。あるのは③社会的欲求と④自我の欲求(⑤も含まれるかもしれない)、それら欲求の発露である姿を、人は宮沢賢治の言葉を借りて東北人の底力と言い、ある人は失ってしまった日本人のこころ、故郷がまだ残っていたと語られた。
恐らく①から⑤の先に未だ明確ではないが⑥を見出す方向に向かっているということであろう。東北3県の復興についても新しい価値観、新たな視座が求められている感がする。
数週間程前の震災に関するニュースであったが、岩手三陸の牡蠣養殖復興のためのファンドが生まれたという。若い世代の流出が続くなかで、働く場を早くつくる為の資金づくりである。ツイッターのつぶやきから生まれたファンドと言われているが、1口1万円の「支援オーナー制度」ということである。これは緊急支援であり、義援金的であるが、長野県飯田市で3年前にスタートした太陽光発電事業の「おひさまファンド」(http://www.ohisama-fund.jp/)という市民ファンドのような仕組みとしてビジネスとして成長されたらと思う。
今回の大震災で驚かされたのは、地域の生活者と共に、いかに地域を思い、現場で必死になって復旧の指揮を執っている地方自治体の首長が多かったことだ。南相馬の桜井市長を始め、陸前高田市、南三陸町、福島飯舘村、・・・・・恐らくマスメディアの報道に載ってはいない賢明なリーダーシップを持った町長、村長が多く活動されていると思う。
そして、大震災の教訓として、政治、経済などの分散化が指摘され、その文脈のなかで地方分権が語られている。が、復興計画こそこうした被災地の首長の手によって行われるべきであろう。そして、まず権限と予算を渡すことだ。例えば、2500億円を超える義援金の支給についても、公平性と迅速性という理想に近づけることに議論がさかれているが、一定のガイドラインを決めたら後は自治体の首長にまかせたら良い。岩手、宮城、福島の各知事の意見の違いが伝えられるが、そんなことは地域の実情は異なっており、至極当然のことだ。使い道は被災者のことを一番理解している現場の首長に任せることである。
大震災後、3ヶ月経ってやっと復興基本法案が国会に提案された。政治の無能、無責任、ていたらくさについてはこれ以上言う気はないが、政治を無視した経済、その結果である消費はあり得ない。ところで、日本とブータンを比較してみるとわかるが、震災3県がいかに大きな経済力をもっているかが分かる。(http://ecodb.net/exec/trans_weo.php?d=NGDPD&s=1980&e=2011&c1=BT&c2=JP)と同時に、小国ブータンの成長には目を見張るものがある。ブータンというと、何か縮小しているような感覚にとらわれるが、着実に成長していることが分かる。
復興基本法案の一つに税制支援を踏まえた「特区構想」がある。勿論、独立国家とまでは言えないが、国民総幸福量という視座も構想の一つになりえると思う。もう一つの国づくりを東北で行うということである。つまり、東北3県に無数の小さなブータン国が生まれるということだ。
そして、消費はどのように変わるであろうか。従来の消費は、大量生産、大量販売、大量消費であり、理屈として飛躍するがその象徴が原子力発電であった。今後は生産も、販売も、消費も身の丈サイズになる。別のキーワードで表現するとすれば、「ロングライフ志向」といった価値観となる。永く使い続けたい、愛着が湧く、馴染んだ感じ、どこかほっとする、最初購入する時はチョット高いが、永く使えば結果としてお得、そんな価値世界である。このことは決して市場が縮小することではない。量から質への転換が始まったと理解すべきである。
次々と新製品や新規店のオープンといった変化情報(=刺激)が押し寄せるなかで、それでもなお使い続けたい、食べ続けたい、住み続けたい、とする価値観である。こうした消費の潮流は以前からあったが、これからは本格化する。復興を目指す東北3県はこうした都市消費を踏まえた生産と共に、それこそ小さなブータン国として都市生活者と永いつきあい関係を結ばれることを願いたい。(続く)
人間がもつ多くの欲求を5段階に整理し、各段階が適度に満たされていくと、より高次な欲求へと発展していくとした「マズローの法則」がある。マーケティングや広告を志望する人であれば若い頃必ず使ったことのある法則で、どの欲求をどのように動機づけたら良いのかといったテーマで使われてきた。
①生理的欲求(食欲・睡眠・性欲)
②安全性欲求(住居・衣服・貯金)
③社会的欲求(友情・協同・人間関係)
④自我の欲求(他人からの尊敬・評価・表現欲)
⑤自己実現欲求(潜在能力の開花)
1970年代当時は①→②→③→④→⑤へと「豊かさ」は発展・進化していくと説明されてきたのだが、現実はそれほど単純なものとして進んでは行かない。但し、あくまでも一つの整理軸として、そのように使えば今も使えるものとしてある。
何故、こんな古い物差しを持ち出したかというと、前回のブログで小国ブータンを例に挙げて国民総幸福量(GNH)という新しい価値概念にふれたからである。物質的豊かさから一旦離れ、他人の喜びを我が喜びにする、そんな幸福世界を可能とするコミュニティ欲求、自治欲求、といった国づくり欲求の世界である。
私の場合、東日本大震災を通じこうした世界を感じ取ったのだが、上記の整理を踏まえると被災地には数日間から数週間にわたり、①生理的欲求②安全性欲求という生きる為の基本的な欲求を満たすことが全くできなくなってしまった。あるのは③社会的欲求と④自我の欲求(⑤も含まれるかもしれない)、それら欲求の発露である姿を、人は宮沢賢治の言葉を借りて東北人の底力と言い、ある人は失ってしまった日本人のこころ、故郷がまだ残っていたと語られた。
恐らく①から⑤の先に未だ明確ではないが⑥を見出す方向に向かっているということであろう。東北3県の復興についても新しい価値観、新たな視座が求められている感がする。
数週間程前の震災に関するニュースであったが、岩手三陸の牡蠣養殖復興のためのファンドが生まれたという。若い世代の流出が続くなかで、働く場を早くつくる為の資金づくりである。ツイッターのつぶやきから生まれたファンドと言われているが、1口1万円の「支援オーナー制度」ということである。これは緊急支援であり、義援金的であるが、長野県飯田市で3年前にスタートした太陽光発電事業の「おひさまファンド」(http://www.ohisama-fund.jp/)という市民ファンドのような仕組みとしてビジネスとして成長されたらと思う。
今回の大震災で驚かされたのは、地域の生活者と共に、いかに地域を思い、現場で必死になって復旧の指揮を執っている地方自治体の首長が多かったことだ。南相馬の桜井市長を始め、陸前高田市、南三陸町、福島飯舘村、・・・・・恐らくマスメディアの報道に載ってはいない賢明なリーダーシップを持った町長、村長が多く活動されていると思う。
そして、大震災の教訓として、政治、経済などの分散化が指摘され、その文脈のなかで地方分権が語られている。が、復興計画こそこうした被災地の首長の手によって行われるべきであろう。そして、まず権限と予算を渡すことだ。例えば、2500億円を超える義援金の支給についても、公平性と迅速性という理想に近づけることに議論がさかれているが、一定のガイドラインを決めたら後は自治体の首長にまかせたら良い。岩手、宮城、福島の各知事の意見の違いが伝えられるが、そんなことは地域の実情は異なっており、至極当然のことだ。使い道は被災者のことを一番理解している現場の首長に任せることである。
大震災後、3ヶ月経ってやっと復興基本法案が国会に提案された。政治の無能、無責任、ていたらくさについてはこれ以上言う気はないが、政治を無視した経済、その結果である消費はあり得ない。ところで、日本とブータンを比較してみるとわかるが、震災3県がいかに大きな経済力をもっているかが分かる。(http://ecodb.net/exec/trans_weo.php?d=NGDPD&s=1980&e=2011&c1=BT&c2=JP)と同時に、小国ブータンの成長には目を見張るものがある。ブータンというと、何か縮小しているような感覚にとらわれるが、着実に成長していることが分かる。
復興基本法案の一つに税制支援を踏まえた「特区構想」がある。勿論、独立国家とまでは言えないが、国民総幸福量という視座も構想の一つになりえると思う。もう一つの国づくりを東北で行うということである。つまり、東北3県に無数の小さなブータン国が生まれるということだ。
そして、消費はどのように変わるであろうか。従来の消費は、大量生産、大量販売、大量消費であり、理屈として飛躍するがその象徴が原子力発電であった。今後は生産も、販売も、消費も身の丈サイズになる。別のキーワードで表現するとすれば、「ロングライフ志向」といった価値観となる。永く使い続けたい、愛着が湧く、馴染んだ感じ、どこかほっとする、最初購入する時はチョット高いが、永く使えば結果としてお得、そんな価値世界である。このことは決して市場が縮小することではない。量から質への転換が始まったと理解すべきである。
次々と新製品や新規店のオープンといった変化情報(=刺激)が押し寄せるなかで、それでもなお使い続けたい、食べ続けたい、住み続けたい、とする価値観である。こうした消費の潮流は以前からあったが、これからは本格化する。復興を目指す東北3県はこうした都市消費を踏まえた生産と共に、それこそ小さなブータン国として都市生活者と永いつきあい関係を結ばれることを願いたい。(続く)
2011年06月05日
加速する政治不況のなかで
ヒット商品応援団日記No507(毎週更新) 2011.6.5.
7月から電力、ガスといった公共料金値上げの発表があった。中東・北アフリカの政情不安を背景に、原油や液化天然ガス(LNG)の国際的な取引価格が上昇していることからだ。既に3〜4月にかけて、食用油、コーヒー、小麦粉の関連商品の値上げが始まっている。
一方、ブログにも書いたが牛丼戦争に象徴されるようにデフレ情況は変わらず続いている。ちょうどリーマンショック半年前に起こっていた川上(輸入)ではインフレ、川下(流通・消費)ではデフレというエネルギー及び食料資源を持たない日本の構造的問題、ねじれ現象の再来である。最早、わけあり商品などという言葉はどこを見ても見つけることができない。勿論、わけあり商品が無くなった訳ではなく、それらは続くデフレ下にあって既に日常化しているからである。
昨年12月、子ども手当の使い道について厚生労働省から初めての調査結果が報告されたが、その使い道の一番目は「子どもの将来のための貯蓄・保険料」(42%)という結果に見られるように、明日が見えない、不安定さに対する明確な消費態度であった。そして、東日本大震災、3.11でライフスタイルが大きく変わると指摘したが、前回のブログにも書いたが、現政権への不信は単なる自己防衛としての消費態度だけではなく、原発事故による放射能汚染に対し子どもを守れと、福島県のお母さん達の抗議デモが行われ、社会的な事件へと不信の舞台は大きく変化した。
この不信はどのようにつくられたのか、言わずもがなである。繰り返し公共CMとして放送された金子みすずの「こだまでしょうか」ではないが、「安全です」「健康被害にはすぐにはなりません」と繰り返しアナウンスされてきた。つまり「安全デマ」であったことが「レベル7」であるとの発表以降、続々と事実が明らかになってきたからだ。デマとは確かな根拠がない悪質なうわさや風評の類のことを指す。本来そうしたデマを払拭すべき政府自身が安全というデマをパニックを起こさないためという理由があったにせよ、意図的に流してきた。マスメディアもその安全デマのお先棒をかついできたということだ。
そして、今税と社会保障との一体改革に盛り込まれた消費税による増税、2015年までに10%まで引き上げると言う。いやその前に東日本大震災に対する第二次補正予算の財源のゆくえも重い負担となる可能性もある。よく消費心理が萎縮すると言われているが、それはこうした予測される増税に対する反面の真理であるが、1998年以降今なお収入は減り続けており、回復するメドは立ってはいない。先日政府発表があったが、生活保護世帯は増え続け、戦後最悪であった頃と同じレベルの200万世帯を超えたという。しかも、その増加の多くが20〜40代の働き盛りである。新しい産業が見出せないまま日本経済は収縮しつつある。
ところで、ある評論家に言わせると、戦後の高度成長期を経て1990年代半ばまでは「富の分配」時代であった。そして、今はと言えば、「負担の分配」時代に入ったという。こうした負担の波が押し寄せる時代にふさわしく国民総幸福量(GNH)といった価値概念が浸透しつつある。幸福は個人の内面世界であり、それぞれ異なると思われてきたが、あのブータンという小国で始まった国づくりの概念である。経済開発一辺倒の国づくりによって、自然環境が破壊されたり、ブータンの伝統文化が失われてしまっては、何の意味もないというのが、この国づく政策の精神である。
このブータンにおける国民総幸福量については、先日NHKの「クローズドアップ現代」にも取り上げられていたが、大震災のなかで家族や故郷を奪い去られてもなお、住民自らが避難所を作り、互いに何かを持ち寄って支え合い、助け合う共助の精神、一種の「自治」の概念にも通じる世界である。更にいうと、多くのボランティアが被災地に向かい、今も向かっているが、その精神は被災者の喜びを自らの喜びとしたい、そうしたことにもつながる価値概念である。物質的豊かさから一旦離れ、他人の喜びを我が喜びにする、そんな幸福世界へとライフスタイルは向かう。原発問題、エネルギー政策も、国民総幸福量のような概念も視野に入れた文脈で語られていくであろう。そして、その方向のなかに昨年後半の消費生活に出てきたシンプル主義や断捨離といった価値観もこうした幸福概念につながっている。(続く)
7月から電力、ガスといった公共料金値上げの発表があった。中東・北アフリカの政情不安を背景に、原油や液化天然ガス(LNG)の国際的な取引価格が上昇していることからだ。既に3〜4月にかけて、食用油、コーヒー、小麦粉の関連商品の値上げが始まっている。
一方、ブログにも書いたが牛丼戦争に象徴されるようにデフレ情況は変わらず続いている。ちょうどリーマンショック半年前に起こっていた川上(輸入)ではインフレ、川下(流通・消費)ではデフレというエネルギー及び食料資源を持たない日本の構造的問題、ねじれ現象の再来である。最早、わけあり商品などという言葉はどこを見ても見つけることができない。勿論、わけあり商品が無くなった訳ではなく、それらは続くデフレ下にあって既に日常化しているからである。
昨年12月、子ども手当の使い道について厚生労働省から初めての調査結果が報告されたが、その使い道の一番目は「子どもの将来のための貯蓄・保険料」(42%)という結果に見られるように、明日が見えない、不安定さに対する明確な消費態度であった。そして、東日本大震災、3.11でライフスタイルが大きく変わると指摘したが、前回のブログにも書いたが、現政権への不信は単なる自己防衛としての消費態度だけではなく、原発事故による放射能汚染に対し子どもを守れと、福島県のお母さん達の抗議デモが行われ、社会的な事件へと不信の舞台は大きく変化した。
この不信はどのようにつくられたのか、言わずもがなである。繰り返し公共CMとして放送された金子みすずの「こだまでしょうか」ではないが、「安全です」「健康被害にはすぐにはなりません」と繰り返しアナウンスされてきた。つまり「安全デマ」であったことが「レベル7」であるとの発表以降、続々と事実が明らかになってきたからだ。デマとは確かな根拠がない悪質なうわさや風評の類のことを指す。本来そうしたデマを払拭すべき政府自身が安全というデマをパニックを起こさないためという理由があったにせよ、意図的に流してきた。マスメディアもその安全デマのお先棒をかついできたということだ。
そして、今税と社会保障との一体改革に盛り込まれた消費税による増税、2015年までに10%まで引き上げると言う。いやその前に東日本大震災に対する第二次補正予算の財源のゆくえも重い負担となる可能性もある。よく消費心理が萎縮すると言われているが、それはこうした予測される増税に対する反面の真理であるが、1998年以降今なお収入は減り続けており、回復するメドは立ってはいない。先日政府発表があったが、生活保護世帯は増え続け、戦後最悪であった頃と同じレベルの200万世帯を超えたという。しかも、その増加の多くが20〜40代の働き盛りである。新しい産業が見出せないまま日本経済は収縮しつつある。
ところで、ある評論家に言わせると、戦後の高度成長期を経て1990年代半ばまでは「富の分配」時代であった。そして、今はと言えば、「負担の分配」時代に入ったという。こうした負担の波が押し寄せる時代にふさわしく国民総幸福量(GNH)といった価値概念が浸透しつつある。幸福は個人の内面世界であり、それぞれ異なると思われてきたが、あのブータンという小国で始まった国づくりの概念である。経済開発一辺倒の国づくりによって、自然環境が破壊されたり、ブータンの伝統文化が失われてしまっては、何の意味もないというのが、この国づく政策の精神である。
このブータンにおける国民総幸福量については、先日NHKの「クローズドアップ現代」にも取り上げられていたが、大震災のなかで家族や故郷を奪い去られてもなお、住民自らが避難所を作り、互いに何かを持ち寄って支え合い、助け合う共助の精神、一種の「自治」の概念にも通じる世界である。更にいうと、多くのボランティアが被災地に向かい、今も向かっているが、その精神は被災者の喜びを自らの喜びとしたい、そうしたことにもつながる価値概念である。物質的豊かさから一旦離れ、他人の喜びを我が喜びにする、そんな幸福世界へとライフスタイルは向かう。原発問題、エネルギー政策も、国民総幸福量のような概念も視野に入れた文脈で語られていくであろう。そして、その方向のなかに昨年後半の消費生活に出てきたシンプル主義や断捨離といった価値観もこうした幸福概念につながっている。(続く)
2011年05月28日
信者をつくる
ヒット商品応援団日記No506(毎週更新) 2011.5.28.
1990年代初頭、狭い国土の日本では地価が下がることはないという土地神話が崩れ、いわゆるバブル崩壊を経験した。途中ITバブルの崩壊を経験し立ち直った2008年9月、お金がお金を生む金融工学による金融神話はサブプライムローンの破綻をきっかけにリーマンショックという金融バブルが崩壊し、金融恐慌を経験したが、今なおその再生途上にある。
そして、今回の東日本大震災、特に福島原発事故を経験している最中にある。過去のバブルには必ずバブルを産み出す神話があった訳であるが、今回の原発事故も原子力の平和利用という安全神話が崩れ、レベル7という最悪の事態となり、いまなお福島では応急避難が続いている。首都圏で言えば節電という形で電力バブルの崩壊を経験している。恐らく、誰もが実感したのは、水素爆発を起こし、冷却するために自衛隊のヘリコプターが上空から水を散布する光景であった。こんな子どもだましのような稚拙なやり方で果たして冷却できるのであろうか、そう不安を感じたと思う。
そして、以降不安は増幅し、不信へと向かった。私が放射性物質による汚染という風評問題に対し、その原因は政府・東電の情報の「不確かさ」「曖昧さ」にあると、事故発生の数週間後には指摘をしていた。こうした情報隠し、いや科学の最先端をいく原子力に対して素人以下の専門家集団によって今日の原発が推進されてきたのか、どちらにせよ不信に値する出来事が時間を追うごとに表へと出てきた。国内ではなく、諸外国の方が事故情報の「不確かさ」「曖昧さ」に敏感で、日本のマスメディアも2ヶ月経ってやっと報道するていたらくさである。その極め付きは、サミット直前、IAEA調査団の訪日直前に炉心溶融、メルトダウンの事実を発表したことに表れている。放射性物質の拡散分布予測のシュミレーションモデル「スピーディ」の公開も遅すぎるどころか、隠蔽であると言われてても仕方がない。「スピーディ」の分布を見ても分かるように、北西方向にある福島県飯舘村はその象徴でまさに放射性物質のホットスポットであった。その飯舘村住民が今になって避難という要請に怒るのは至極当然である。
ブログに書くのがうんざりするのだが、最近では国会で質疑応答された福島原発への海水注入問題での2転3転する発表もそうである。その結果は不信の二文字に集約される。
既に、こうした不信の先に何があるか、その一つが「自己防衛」であると数週間前に指摘をしてきた。その一つが放射線量を計る線量計がヒット商品になると半分そうあって欲しくはないとブログに書いたが、その通り品不足で手に入れることが困難な状態になっている。買い求めたのは食品メーカーや生産者だけでなく、福島県の被災住民であった。そして、周知のように住民自らが、子どもを守る為に校庭や保育園の庭につもった放射性物質を除去する行動へと移った。
放射性物質の汚染は、自主的に調査して発見された神奈川県足柄茶を始め、海産物への影響が出てきた。3月末時点ではマスメディアに出てきた放射性物質の専門家は口を揃えて「海水に希釈されて安全で問題はない」と説明していた。しかし、海外の環境団体による汚染調査が始まっており、中部大学武田教授はブログ(http://takedanet.com/2011/05/post_ab4a.html)で次のように報告している。
『 ある出版社が、「外国」の環境団体が測定したデータを送ってくれました。 それによると、5月5日に江名港での測定では、アカモク(海藻)から放射性ヨウ素が基準値の60倍、セシウムが3倍でした(フランス環境団体測定)。 また四倉港のコンブ(5月5日)はヨウ素が50倍、セシウムが4倍で、海草類に汚染が拡がっていることを示しています(ベルギー原子力研究センター測定). おそらく海藻の表面か、海水から直接、吸収したものと思われます. また、勿来港のシラス(5月9日)は、ヨウ素は低いのですが、セシウムは2.2倍含まれていました。』
そして、外国の環境団体による情報で、信頼性がまだ十分ではないことから、漁業関係者に安心して食べてもらうために自分たちの手で測定してくださいと呼びかけている。これも神奈川県足柄茶のように安心を目指す為の自主検査という自己防衛策であろう。
ところで、2008年に起こった事故米不正転売事件を覚えているであろうか。事故米を安く落札して、通常米として売っていた三笠フーズが起こした事件である。その販売先の1社である鹿児島の焼酎宝山(西酒蔵)は汚染米使用の事実がないにも関わらず、風評・うわさが広く流布された。宝山がとった行動はまず安心を得るために自主回収し、仕込み等も全て廃棄処分する。勿論、倒産の危機に直面したが、その後汚染米が使用された事実がないことが明確になり、顧客の信頼を取り戻し倒産の危機を回避することが出来た。一方、同じ汚染米を使ったとされた熊本の美少年酒造は、汚染米であることを分かって使っていたことから、結果廃業となった。
自主検査をした足柄茶は記憶にとどめておかなければならない。福島県、茨城県、あるいは千葉県もそうであると思うが、漁業関係者は放射性物質に対する自主検査を進め、広く公開することだ。残念ながら、そうした自主検査にしか信用が置けない時代にいる。
古くから言われていることだが、信者をつくりなさい、それが儲けにつながる、と。2つの漢字、信者を足し算すれば儲けになるという語呂合わせである。不信が渦巻く時代にあっては、自らコトを起こす、問題があれば自ら解決に挑む、それら全てを公開する。それがどんなに小さな一歩であっても必ず顧客の信は得られる。
反面教師であるが、政府・東電は間違いなく、事故米であると知っていながら製造販売していた美少年酒造と同じように廃業へと向かう。一方、風評にもめげず損を承知で自主回収し、全てを公開した焼酎宝山は、今販売が好調であると聞いている。足柄茶も、汚染海域の漁業関係者も、「自主検査」、場合によっては「自主回収」し、それらを公開することによって、間違いなく顧客支持は回復する。いや、顧客支持どころか、信者になってくれるということだ。(続く)
1990年代初頭、狭い国土の日本では地価が下がることはないという土地神話が崩れ、いわゆるバブル崩壊を経験した。途中ITバブルの崩壊を経験し立ち直った2008年9月、お金がお金を生む金融工学による金融神話はサブプライムローンの破綻をきっかけにリーマンショックという金融バブルが崩壊し、金融恐慌を経験したが、今なおその再生途上にある。
そして、今回の東日本大震災、特に福島原発事故を経験している最中にある。過去のバブルには必ずバブルを産み出す神話があった訳であるが、今回の原発事故も原子力の平和利用という安全神話が崩れ、レベル7という最悪の事態となり、いまなお福島では応急避難が続いている。首都圏で言えば節電という形で電力バブルの崩壊を経験している。恐らく、誰もが実感したのは、水素爆発を起こし、冷却するために自衛隊のヘリコプターが上空から水を散布する光景であった。こんな子どもだましのような稚拙なやり方で果たして冷却できるのであろうか、そう不安を感じたと思う。
そして、以降不安は増幅し、不信へと向かった。私が放射性物質による汚染という風評問題に対し、その原因は政府・東電の情報の「不確かさ」「曖昧さ」にあると、事故発生の数週間後には指摘をしていた。こうした情報隠し、いや科学の最先端をいく原子力に対して素人以下の専門家集団によって今日の原発が推進されてきたのか、どちらにせよ不信に値する出来事が時間を追うごとに表へと出てきた。国内ではなく、諸外国の方が事故情報の「不確かさ」「曖昧さ」に敏感で、日本のマスメディアも2ヶ月経ってやっと報道するていたらくさである。その極め付きは、サミット直前、IAEA調査団の訪日直前に炉心溶融、メルトダウンの事実を発表したことに表れている。放射性物質の拡散分布予測のシュミレーションモデル「スピーディ」の公開も遅すぎるどころか、隠蔽であると言われてても仕方がない。「スピーディ」の分布を見ても分かるように、北西方向にある福島県飯舘村はその象徴でまさに放射性物質のホットスポットであった。その飯舘村住民が今になって避難という要請に怒るのは至極当然である。
ブログに書くのがうんざりするのだが、最近では国会で質疑応答された福島原発への海水注入問題での2転3転する発表もそうである。その結果は不信の二文字に集約される。
既に、こうした不信の先に何があるか、その一つが「自己防衛」であると数週間前に指摘をしてきた。その一つが放射線量を計る線量計がヒット商品になると半分そうあって欲しくはないとブログに書いたが、その通り品不足で手に入れることが困難な状態になっている。買い求めたのは食品メーカーや生産者だけでなく、福島県の被災住民であった。そして、周知のように住民自らが、子どもを守る為に校庭や保育園の庭につもった放射性物質を除去する行動へと移った。
放射性物質の汚染は、自主的に調査して発見された神奈川県足柄茶を始め、海産物への影響が出てきた。3月末時点ではマスメディアに出てきた放射性物質の専門家は口を揃えて「海水に希釈されて安全で問題はない」と説明していた。しかし、海外の環境団体による汚染調査が始まっており、中部大学武田教授はブログ(http://takedanet.com/2011/05/post_ab4a.html)で次のように報告している。
『 ある出版社が、「外国」の環境団体が測定したデータを送ってくれました。 それによると、5月5日に江名港での測定では、アカモク(海藻)から放射性ヨウ素が基準値の60倍、セシウムが3倍でした(フランス環境団体測定)。 また四倉港のコンブ(5月5日)はヨウ素が50倍、セシウムが4倍で、海草類に汚染が拡がっていることを示しています(ベルギー原子力研究センター測定). おそらく海藻の表面か、海水から直接、吸収したものと思われます. また、勿来港のシラス(5月9日)は、ヨウ素は低いのですが、セシウムは2.2倍含まれていました。』
そして、外国の環境団体による情報で、信頼性がまだ十分ではないことから、漁業関係者に安心して食べてもらうために自分たちの手で測定してくださいと呼びかけている。これも神奈川県足柄茶のように安心を目指す為の自主検査という自己防衛策であろう。
ところで、2008年に起こった事故米不正転売事件を覚えているであろうか。事故米を安く落札して、通常米として売っていた三笠フーズが起こした事件である。その販売先の1社である鹿児島の焼酎宝山(西酒蔵)は汚染米使用の事実がないにも関わらず、風評・うわさが広く流布された。宝山がとった行動はまず安心を得るために自主回収し、仕込み等も全て廃棄処分する。勿論、倒産の危機に直面したが、その後汚染米が使用された事実がないことが明確になり、顧客の信頼を取り戻し倒産の危機を回避することが出来た。一方、同じ汚染米を使ったとされた熊本の美少年酒造は、汚染米であることを分かって使っていたことから、結果廃業となった。
自主検査をした足柄茶は記憶にとどめておかなければならない。福島県、茨城県、あるいは千葉県もそうであると思うが、漁業関係者は放射性物質に対する自主検査を進め、広く公開することだ。残念ながら、そうした自主検査にしか信用が置けない時代にいる。
古くから言われていることだが、信者をつくりなさい、それが儲けにつながる、と。2つの漢字、信者を足し算すれば儲けになるという語呂合わせである。不信が渦巻く時代にあっては、自らコトを起こす、問題があれば自ら解決に挑む、それら全てを公開する。それがどんなに小さな一歩であっても必ず顧客の信は得られる。
反面教師であるが、政府・東電は間違いなく、事故米であると知っていながら製造販売していた美少年酒造と同じように廃業へと向かう。一方、風評にもめげず損を承知で自主回収し、全てを公開した焼酎宝山は、今販売が好調であると聞いている。足柄茶も、汚染海域の漁業関係者も、「自主検査」、場合によっては「自主回収」し、それらを公開することによって、間違いなく顧客支持は回復する。いや、顧客支持どころか、信者になってくれるということだ。(続く)


